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第36話 精霊の森


 アーベたちと別れた俺とヴァリスは、その足である場所へと向かった。

 といっても、俺はその場所を知らない。

 ヴァリスが知っているのだ。

 彼女曰く、


「あらゆる呪いを解除できる力を持った奴を知っておる」


 とのことだ。



×××



 そして、現在。

 俺の眼前に広がるのは巨大な森だ。

 しかし、普通の森とは様子が異なる。

 

 木から始まり、葉、草花の全てが淡い輝きを纏っているのだ。

 それ故に森全体が光を放ち幻想的な光景を作り出している。


 俺はその美しさを呆然と眺めていると、背中に軽い衝撃が走った。

 衝撃の原因がヴァリスの尻尾だと理解するのに時間はかからなかった。

 

「何を惚けておる」

「いや……凄い綺麗な場所だと思って。ここは?」

「精霊の大森林じゃ。まぁ、人間如きでは本来辿り着くことのできぬ秘境よ」

「秘境、か。この光景を見れば頷くしかないな」


 俺はヴァリスと森の中に入る。

 明るいことを除けば普通の森だ。

 どこを見ても同じ光景で、少し気を抜いて歩いたら道に迷いそうだ。


「言っておくが一度迷ったら二度と出れんからの。ここもある種の異界じゃからな」

「それを早く言ってくれ!」


 何て恐ろしい情報を後出しにするんだ。

 俺は緊張感を高めて、ヴァリスと共に森の奥へと進んでいく。


 しばらく歩いていると、先ほどよりも輝きが増したエリアに入った。

 すると、あるモノを目にした。


 美しい女性だ。

 それも一人、二人ではない。

 大勢いる。

 草の上に寝そべっていたり、木の枝に座っていたり、岩の上に立っていたり。


「何だこの美少女たちは……もしかして楽園か?」


 あまりにも眼福過ぎる映像に表情が緩んでしまう。

 すると、ヴァリスが「ほう」と呟く。


「貴様にはそう見えるのか」

「ヴァリスは違うのか?」

「無論じゃ。貴様が見ているのは力の弱い精霊じゃ。実体も感情もない故に見ている者が最も興味を惹く姿になっておるのじゃ」

「なるほど。因みにヴァリスは何に見えているんだ?」

「酒が入ったグラスや酒樽じゃ」

「さいですか」

 

 さらに進んでいくと、湖にぶつかった。

 かなりの時間歩いていたから水が欲しかったところだ。


 俺は湖に顔を近づける。

 水はとても澄んでいて、俺の顔がはっきりと写り込む。

 手で水をすくって顔を洗う。

 冷たい水が疲労感を洗い流してくれる。


 これは気持ちいい。

 どうせなら水浴びしたいくらいだ。

 そんなことを思いながら水を飲もうとすると……。


「この無礼者!」


 どこからともなく声が聞こえてきた。

 あまりにも激しい叱責に、水をすくった手が止まる。


 ヴァリスが俺を見ながら呆れたように溜め息を吐いた。


「貴様、水を飲もうとしたのか?」

「ああ、まずかったのか?」

「まずいというより、面倒な奴が来る」


 すると、静かだった水面が渦巻き始まる。

 突然の現象に俺は湖から距離を取る。

 

 現れたのは淡い輝きを放つ美しい少女だった。

 彼女の周りを水が踊るように巡っている。


「ヴァリスにはあの子も酒の入ったグラスに見えるのか?」

「いや、アレは女子の姿じゃ」

「やっぱりそうだよな」

「さっきのが低級精霊と呼ぶなら、アレは中級精霊じゃ。自我を持ち、意思疎通できる知性もある」


 水の精霊(仮称)は俺を指差した。


「そこのニンゲン。今、ここの水を飲もうとしましたね?」

「ああ」

「ただでさえニンゲンがこの森に入ることさえおこがましいというのに、ここの水を飲もうなど無礼千万! 今すぐ懺悔をして立ち去りなさい!」


 ものすっごい怒っているんだけど。

 ちょっと水飲もうとしただけなのに。

 というか、顔洗うのはセーフなんだな。


「水を飲もうとしたことは謝る。でも、目的を達成するまでは森を出ることはできない」

「ワシらはプネブマに会いに来たんじゃ。貴様に用は無い。引っ込んどれ」


 虫を払うかのように手を振るヴァリス。

 それが引き金となったのだろう。

 水の精霊は全身をわなわなと震わせて、俺たちを睨みつける。


「よりにもよってプネブマ様に……無礼な上に不敬とは……もう、許しません! 強制的に退去させます!」


 彼女の怒りを表現するかのように何本もの水柱が出現し、一気に俺たちに襲いかかった。

 杖を構えようとするが、それよりも早い。

 俺は体を捻り、屈んで攻撃を全て回避する。


 一方、ヴァリスは仁王立ちをして全てを真っ正面から受ける。

 直撃する度に水面に勢いよく激突した時のような痛々しい破裂音が木霊する。

 しかし、ヴァリスにダメージの色は一切無い。

 それどころか若干気持ち良さそうだ。


「──っ。この!」


 水の精霊が手を上に伸ばす。

 すると、水が空中に集まり巨大な球体になった。


 俺は杖を構えて詠唱する。


「──ケラヴノス!」


 魔法陣の展開。

 次の瞬間、青白い光が凄まじい音を奏でながら迸る。

 水の球体に直撃。

 電撃は水の流れを通じて湖全体を感電させ、水の精霊に大ダメージを与えた。

 水の精霊は膝をつき、体を時々跳ねさせる。


「し、痺れて動けない……おのれニンゲン! 絶対に許しません!」


 怒鳴り散らす水の精霊に対して、ずぶ濡れのヴァリスは鼻を鳴らす。

 俺は段々と申し訳なくなってきた。


「なんか悪いことしたな」

「何言っておる? ただ水を飲もうとしただけじゃろ」

「それはそうだけど」

「コイツ、前も全く同じ理由でワシに突っかかってきたんじゃ。湖の水が枯れる寸前までワシの炎で蒸発させてくれたわ」

「お、おう」


 ヴァリスが自慢げに腕を組む。

 水の精霊は何かを思い出したかのように金髪美女を指さした。


「貴女、あの時の龍ですか! 人の形を装って撹乱しましたね!」

「別に撹乱などしておらんわ。貴様が勝手に混乱してるだけじゃろ」

「あの時の恨み、そして無礼なニンゲン……二人揃って……」


 その時だった。

 尋常じゃない威圧感が俺たちを、いや、森全体を包み込んだ。

 突然のことに俺は困惑してしまう。

 何だ?

 どこから発せられているんだ?


 ふと、水の精霊を見ると信じられないくらいに顔を真っ青にしていた。

 誰かと話しているみたいにブツブツと呟いている。


「え? あ……その、えっと……。え!? はい……分かりました。すぐそちらに向かわせます」


 話し終えると、俺たちの方に顔を向けた。

 顔は真っ青のままで冷や汗をダラダラと流している。


「あ、あのプネブマ様のお客様だとは知らず……申し訳ありませんでした!」


 それはそれは美しい土下座だった。

 しかも、水の上。

 水上土下座である。


 会う約束なんてしてないが、プネブマなる精霊が話をスムーズにするために嘘を言ってくれたのだろう。

 ヴァリスはこれ見よがしに水の精霊にドヤ顔をする。


「そうじゃ、ワシらはお客様じゃ! 客に向かって何たる不躾な精霊じゃ!」

「はいぃ……無礼者は私でした。反省しますぅ……」


 謝罪の言葉に満足したヴァリス。

 水の精霊と別れを告げて湖を抜ける。

 また、しばらく歩いた。


 そして、ついにプネブマなる精霊と対面を果たすのだった。


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