第35話 ザリガニ釣り
「手伝ってくれてありがとうな」
「ありがとうございます」
俺は一緒に歩いているセラフィに礼を言った。
今日はティナと一緒に実家の掃除をしていた。
その途中で、セラフィも来てくれて掃除を手伝ってくれたのだ。
「ううん、全然大丈夫」
セラフィは笑顔で応えてくれた。
彼女は本当に優しい。
「ワシには礼はないんか?」
と、ヴァリスが不満を漏らす。
「手伝ってない奴に何の礼をすればいいんだよ」
掃除終わり昼食を食べにセラフィの実家に行くとヴァリスが居たのだ。
ヴァリスはセラフィの父親が作る料理を気に入って、今ではすっかり常連となっている。
「お父さんとお母さん、毎日食べに来てくれるって凄く喜んでいたよ」
「ノーマンの作る飯は実に美味じゃ。それこそワシの舌を唸らせる程にな」
いつの間にか名前呼びになっているし。
どんだけ仲良くなっているんだ?
というか、ヴァリスのコミュニケーション能力がかなり高い。
冒険者仲間は言わずもがな、いつも誰かしらには声をかけられている。
そんなこんなで気付けば屋敷の門前に来ていた。
屋敷を見て思わず口元が緩んでしまう。
広々とした家に住むことが出来て、周りには最愛の妹、優しい幼馴染み、愉快な龍が居てくれる。
凄く幸せだ。
屋敷内に行くとパタパタと小走りにフェリシアがやって来た。
エプロンで手を拭く仕草は俺がイメージするお母さん像そのものだった。
「お帰りなさい、私の可愛い子供たち」
母性溢れる笑顔に「お母さん……」という言葉が自然とこぼれてしまう。
「クッキーを焼いていたの。みんな食べる?」
満場一致。
フェリシアの作るお菓子はどれも絶品だ。
みんなはリビングに行き、俺は掃除用具をしまいに別行動をとった。
二階に上がる。
ぽっかり穴が空いて空が見えるようになってしまった旧寝室を通り、物置き部屋に掃除用具を置いてリビングに向かう。
一階に降りて、リビングに向かう。
その途中で屋敷探索の時から気になっていたことを思い出して、フェリシアに質問してみた。
「ファリシアさん。1階の最奥にある部屋って何なんですか?」
その部屋は不穏な......というより、禍々しい雰囲気が漂わせていた。
鎖と南京錠でガッチガチに固められ、不気味なお札まで貼られ完璧に封じられているのだ。
「あの部屋ねぇ。ノーライフキングになった時に生前できなかった事ができるようになったのが嬉しくて、色々試した時の名残りなのよ」
「へ、へぇ......」
「確か空間制御魔術をやってみた時かしら。失敗しちゃって変な空間に繋がっちゃったの。危ないから入っちゃダメよ」
「あ............はい」
フェリシアは困ったように頬に手を当てる。
「どうも空間制御魔術は苦手なのよねぇ。そういえば、屋敷周りに空間制御魔術を試してから人が来なくなったのは何でかしら?」
結界張ったの悪魔じゃなくてこの人だった!
×××
翌日。
特にやることが無かった俺はヴァリスに誘われてザリガニ釣りに来ていた。
ウッキウキに釣り糸を川に垂らすヴァリス。
俺も彼女の真似をするが……。
「なぁ、ヴァリスさ」
「何じゃ?」
「これ何が楽しいんだ?」
子どもの頃ならすこぶる楽しめるだろう。
しかし、今となっては何を楽しめばいいのかよく分からない。
どうせなら普通の釣りをしたい。
「これの面白さ、奥深さを理解できぬとは憐れな奴よ。人間やめた方がいいぞ」
「これを心底楽しんでいるなら龍とか名乗るのやめることをおすすめするよ」
「おのれワシを愚弄したな! 頭カチ割るぞ!」
「あ、糸引いてるぞ」
「何!? 早く言わんか!」
ヴァリスは糸を巧みに手繰り寄せて、見事にザリガニを釣り上げた。
そこそこの大きさのザリガニを俺に見せつけてドヤ顔を浮かべる。
「どうじゃ、この大きさに甲羅のツヤ。まさに最高クラスじゃ」
「あ、あー、うん。凄いな」
「グゥハハハハハハ────!! 恐れ慄いておるな! ざまーみろじゃ!」
時々、ヴァリスが本当に龍なのかと疑いたくなる。
でも、ブンブン振られている黒い尻尾を見ると……うーん。
その後もしばらくザリガニ釣りをしていると、焦った様子の子どもたちがやって来た。
「アネゴ! アネゴー!」
「どうした貴様ら」
姉御って……。
なんて呼ばれ方してんだ。
流石に呼ばしてはないよな?
「大変なんだよ! 助けてくれよ!」
「そうなんだ! アーべの父ちゃんが大変なんだ!」
一人だけ泣きそうな男の子がいた。
きっと、彼がアーべだ。
「アーべ、どうしたんじゃ?」
「オレの父ちゃんが……呪われたんだ」
話を整理するとこうだ。
アーべの父親は商人をやっていて、常日頃色んな街に赴いている。
いつものように別の街で仕事を終えて家に帰る途中のこと、魔王軍の襲撃を受けてしまったらしい。
しかも、運の悪いことに相手は四皇将。
命こそは取らなかったが、強力な呪いをかけられてしまった。
「呪いか……恐らくクルグロヴァの仕業だ」
はっきりとした情報は無いが、四皇将クルグロヴァはやたらと呪いをかけたがることで有名だ。
その呪いはとても強力で優秀な術師でも解除するのは至難の技となっている。
「クルグロヴァじゃと! あの痴れ者魔王軍におったのか!」
「知っているのか?」
「呪いを撒き散らすことだけを生き甲斐にしておる龍じゃ。しかも不死性を持っておるからタチが悪い」
龍だったのか……しかも、不死性?
それかなりの強敵なんじゃ。
「アネゴ、オレの父ちゃんを助けて!」
アーべはヴァリスに手を伸ばす。
手の中にあったのはお金だ。
「これ、少ないけど……」
「莫迦者が、そんなもの要らんわ。友が困っておるんじゃ、助けるに決まってる」
「アネゴ」
「任せろ、貴様の父親にかけられた呪いはワシが必ず解いてやる」
胸をドンと叩いて断言するヴァリス。
「俺も手伝うよ」
「え? いいの?」
「もちろんだ。呪いにかかっているなんて話聞いて放っておけない」
「ありがとう、ルーファス!」
「俺の名前知っているのか?」
「うん! アネゴの舎弟ですっげぇ殺人魔術使うんでしょ!」
知らぬ間に俺はヴァリスの舎弟になっていた。




