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第31話 勇者パーティーの崩壊⑥


 私は賢者だ。

 とても、賢い。

 あらゆる難題もこの賢さを駆使すれば突破できると信じている。

 けど、賢者の前に一人の女である。


 部屋に男が居て、なおかつ自分の下着を広げて眺めている。

 背筋に寒気が走る。

 言いようのない恐怖に思考が完全に停止してしまう。

 めまいがして、ちゃんと立っているのか怪しくなってしまった。


 この現実から目を背けたい。

 早くここから逃げたい。

 私は体の向きは変えずに、ゆっくりと扉の方へと向かう。


「待て、待ってくれ」


 イアンが手を伸ばし、私に止まれと言わんばかりの視線を向けた。

 普段の私なら無視して出ただろう。

 でも、出来ない。

 言われるがままに止まってしまう。


 私はイアンに恐怖を抱いている。

 全てにおいて私は彼より上だ。

 捩じ伏せるのも論破するのも簡単にできる。

 そんな、スペックの差を埋めるほどの恐怖が私を掴んで離さない。


 断言できるが、今この瞬間イアンに襲われたら何もできない。

 きっと、涙を流しながら苦しみが過ぎるのを待つことしかできないだろう。


 それくらい怖い。


「話を聞いてくれ」

「いや……」

「頼む。これには訳があるんだ」

「いやぁ……」


 涙が滲んでくる。

 怖い。

 凄く怖い。

 

「うぅ、うぅぅ…………」


 ついに耐えきれず涙を流してしまう。

 私……ではなく、イアンが。


 ………………は?


 え? なんで?

 ちょっと待って?

 意味が全く分からないんだけど。

 何でコイツが泣いてるの?


「もう嫌だ。何で俺ばかりこんな目に遭わないといけないんだ……。誰か助けてくれ……」


 大粒の涙を流しながらイアンは声を震わせる。

 というか、私の下着を持ったまま泣くな。

 イアンの謎過ぎる情緒を見たせいで、すっかり冷静になったので話を聞いてみることにした。


「イアン、一体何をしていたの?」

「シェリル、すまない。本当にすまない……どうしても我慢できなかったんだ」


 うっ、何か生々しい理由が来そうで怖い。

 だからといって止まることはできない。

 それこそ、禍根を残すだろう。


「びっくりはしたけど怒っていないから、話してイアン」

「オスニエルとイヴィーには言わないで欲しいんだ」

「分かった。約束する」


 イアンは言葉を出そうと口をパクパクさせる。

 余程言いづらいようだ。

 それはそうだろうな。

 被害者に対して動機を告白するのだから。


「俺、昔から男らしいことが苦手だったんだ。外で走り回るより人形で遊ぶのが好きだった。可愛い物が好きなんだ。化粧が好きだし、可愛い服もアクセサリーも好き。でも、それを誰かに言うことができなかった。否定されるのが怖かったんだ」


 なんと。

 これは意外な事実。


「正直、この旅は辛い。痛いこと辛いことばかりで何度も辞めたいと思った。でも、オスニエルに嫌われたくない一心でここまで来たけど、もう、限界に来ていた」


「うん」


「いけないことだって分かっていたが、この淀んだ気持ちを少しでも晴らしたくてシェリルの部屋に忍びこんだ。可愛い服とかアクセサリー見たかっただけなんだ。でも、偶然下着が目に入ってしまって……本当にすまなかった」


 イアンの告白は結構な衝撃だった。

 そのような嗜好を持つ人の話はちらほらと聞いたことがある。


 私は偏見などは一切ない。

 個人の自由だ。

 好きにすればいいと思う。


 しかし、多くの人々はそういう嗜好を持つ者を異端と吐き捨てるだろう。

 人間とは排他的だ。

 大多数の意見とは異なる意見を持つ者を排除したがるのだ。


 というか、イアンの悩みよりも興味を惹く言葉があったぞ。


「この旅、辞めたいの?」

「辞めたい。痛いのは嫌いだし、辛いのも嫌だ。本当はモンスターとなんて戦いたくない。正直、魔王討伐なんてどうでもいい……どうせ、無理だし。だって、俺……わたし、弱いし」

「でも、オスニエルと一緒に闘っている時は楽しそうにしているように見えたけど」


 イアンはぶわっと涙を流して顔を手で覆った。


「だって、オスニエルの笑顔が素敵だから! いい攻撃をすると褒めてくれるんだもん! だから、少しでも鍛えて強くなろうとしたけどやっぱり無理! ムキムキになりたくない!」


 いや、アンタはちゃんと鍛えた方がいいわよ。

 ちょっと貧弱で不安になるわ。

 それに簡単にムキムキになるわけないじゃない。

 筋肉舐めるんじゃないわよ。


 ともかく、これは使えるぞ。


「話してくれてありがとう。安心して、私は貴方を否定なんてしないから」

「本当……? 気持ち悪いと思わないの?」

「全然思わないわ。それだって大切な個性よ」

「シェリルゥ……」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたイアンが抱きついてきた。

 私はこの先の展開を考えて、仕方なくイアンを受け入れた。

 ついでに頭を撫でてあげよう。


「ねぇ、イアン。この旅を辞めたいのよね?」

「辞めたいわ」

「じゃあ、私に協力してくれない?」


 私は勇者パーティーに入った目的を全て打ち明けた。

 イアンは驚きはしていたがちゃんと納得してくれた。


「そう……ルーファスが。だから、彼が居なくなってから弱く……いえ、本来の実力に戻ったのね」

「それで、協力してくれる?」

「もちろんよ」


 よし!

 よし、よし!

 よーし!

 協力者確保!

 これで少しは動きやすくなるわ。


「でも、オスニエルとイヴィーは簡単に引かないわよ。あの二人プライド高いから」

「それは重々承知よ。これまで散々辛酸を嘗めて来たから」

「でも、わたしに何ができるかしら」

「でもでも言わない」

「え、ええ」


 イアンは頷く。

 うーん、頼りない。

 けど、イアンがこちら側に来たことで状況は大きく変化した。


「あと、今後は勝手に部屋に入らないで。話ならちゃんと聞いてあげるし、何ならショッピングも付き合ってあげるから」

「本当!?」

「賢者は心が広いのよ」


 こうして、イアンを引きいれることに成功した。



×××



 後日。

 私は約束通り、イアンとショッピングに出かけた。

 色んな服屋、アクセサリーショップを巡り歩いた。


 正直に言うと凄く楽しかった。

 イアンは乙女より乙女をしていた。

 最新のトレンドを熟知しており、何よりもセンスが良かった。

 私は服装とかに無頓着だったが、イアンのプレゼンを聞いていたらオシャレも良いもんだと思えた。

 

 今までのイアンは苦手だったが、本来のイアンはとても良い。

 凄く話すし、冗談も言う。

 何よりも表情が良いのだ。

 彼のおかげで私も久びさに心の底から楽しむことができた。



×××



 しかし、この時の私は気付かなかった。

 私とイアンが楽しいそうにおしゃべりをしているところを、物影から恨めしそうに睨みつけていたイヴィーの姿を。

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