第29話 勇者パーティーの崩壊④
イアンの対戦相手は髭を蓄えた中年の男だ。
武器は斧を持っている。
剣闘会とっても武器は接近戦用なら何でもいいのだ。
なので、イアンも槍を構えている。
何かを喋っているようなので、聴覚を強化して内容を聞き取る。
『お前、この大会は初めてか?』
『ああ、面白そうな催し物があったからな。参加したってわけだ』
『お遊び感覚で参加したことを後悔するんだな』
『その余裕面、すぐに剥がしてやるぜ!』
しょうもな。
ペラッペラの言い合い。
わざわざ聞くような内容じゃなかった。
それはともかく、あの中年はそこそこやるわね。
鍛えられた肉体と立ち姿から予想できる。
イアンをボコボコにして欲しいのが本音だけど……。
しかし、初戦敗退は私が困るんだ。
イアンが負けて、まだ出てきていないオスニエルが万が一にでも一勝してしまったら、私はイヴィーに穢される。
それだけは何としても避けなければ。
試合が始まった。
イアンが前進して距離を詰める。
勢いよく槍を横薙ぎに振るう。
中年の男は槍の軌道に斧を置き一撃を防ぐ。
反動でイアンが仰け反る。
その隙を見逃さない中年の男は拳を叩き込んだ。
体重の軽いイアンは凄まじい勢いで地面を転がる。
幸いにもイアンは失神しておらず、槍を支えにフラフラと立ち上がる。
その瞬間、会場が一気に沸き立つ。
マズい……これはマズい……。
辛うじて立ってくれているが足がガクガクだ。
耐久力が全然無い。
このままじゃ、イアンは確実に負ける。
仕方ない。
こうなってしまったら手段は選ばない。
参加者からすれば正々堂々の純粋な力比べだろうが知ったことか。
イカサマ上等よ。
私は誰にも気付かれないように弱体化魔術を発動する。
対象にした中年の男はガクンと膝を落とした。
『な、なんだ……?』
中年の男は困惑の色を隠せない。
『まさか……さっきの一撃が? 防ぎきれないほどの威力だったのか?』
お、いい感じで誤解してくれた。
その隙に少し回復したイアンが走り槍を振り回す。
『うおおおおおおおおお──!』
『クソッ!』
おっそい連撃を放つイアン。
しかし、中年の男は汗を滲ませながら必死に避ける。
今の彼は体に重りをつけて、海の中で戦っているようなものだ。
申し訳ないとは思うが、これも私の純潔のため。
どうか許して欲しい。
そして、数分に続いた攻防はイアンの渾身の一撃を持って終了した。
闘技場にイアンの名前が轟き、歓声が巻き起こった。
『おっしゃあああああああああ──!!!』
イアンが槍を天に突き上げて勝利の雄叫びを上げた。
それに対して、私は安堵と呆れの混じった溜め息を漏らした。
×××
何試合か挟んで、オスニエルの番になった。
闘技場にオスニエルが登場した瞬間、黄色い声援が四方八方から聞こえた。
「何あの人カッコいい!」
「素敵!」
「頑張ってー!」
おーおー顔だけは良いから女性人気が凄い。
それは認める。
アイツの顔は間違いなくイケメンだ。
でも、それだけ。
中身知ったら、みんな逃げていくんだろうな……。
で、オスニエルの相手は誰かな。
入場口から出てきたのは10歳くらいの少年だ。
なんてこった……。
私は運命のいたずらにキレそうになる。
「何よ、子供じゃない。楽勝ね」
イヴィーが隣で鼻を鳴らす。
しかし、私はじっくりと少年を見て考えを改める。
いや、あの子……。
試合が始まった。
オスニエルは悠然と子供に近寄る。
『何だか気が引けるが勝負なんでね。しかし、僕から仕掛けるのは心苦しいから初撃は君に譲ろう』
『あ、ありがとう。胸を借りるつもりで行きます!』
緊張した様子で少年が頭を下げる。
それから剣を構えた。
次の瞬間、少年の雰囲気が一変した。
少年が大地を踏みしめて一気に駆ける。
まるで雷が走ったような音が響く。
『────っ!?』
オスニエルの余裕が一気に剥がれた。
咄嗟に剣を構え、防御の姿勢を取る。
少年の一撃。
その体躯からは想像できないくらいに重い。
慌てて、オスニエルは反撃をする。
しかし、剣は虚しく空を斬る。
少年はすでにオスニエルの背後に回っていた。
早い!
オスニエルは反応できずに斬撃を喰らう。
「ぐっ……」
少年の速度はどんどん加速してく。
オスニエルが対応しようとしても反応速度が遅過ぎる。
結果的にオスニエルは一方的に切り裂かれて倒れ込んだ。
オスニエルは呆気なく敗北した。




