第26話 地下の悪魔
一階(玄関以外無傷)、二階(一室崩壊、その他諸々大破損)の探索を終えた俺たちは、地下へと続く階段を降りていた。
悪魔がまだ居たとしたら、その寝ぐらは探していない地下室になるだろう。
今夜最大の緊張感を持ちながら、俺は一歩一歩階段を降りていく。
「ルーファスさん」
「どうしたルカ?」
寝入っているモカを背負いながらルカが耳打ちして来た。
どうして普通に背負ってられるのだろうと、気になってさっき聞いてみたら、強化魔術を自身にかけて筋力を強化していたらしい。
どうりで軽々とおんぶしていた訳だ。
「ちょっとご相談があるんですけど」
「相談?」
「はい。ルーファスさんの持ってるお姉ちゃんのパンツ、私に譲って頂けませんか?」
「..................んん?」
この子は何を言っているんだろう?
キョトンとしている俺に顔を近付け、猫のような青い瞳に怪しげな光を灯す白猫少女。
妙に鼻息が荒い。
「お姉ちゃんのパンツのためなら私何でもしますから、お願いしますルーファスさん」
「えっとさ、姉のパンツを手に入れてどうするんだ?」
「それは......言わせないで下さいよ。......恥ずかしいです」
この子やっぱり別のベクトルで怖いんだけど。
お姉ちゃん大好きってレベルじゃない。
姉と言い、妹と言い、この双子どうなってんだ?
「いや、パンツはクエストが終わったら返すんだけど」
「屋敷の修理代半額負担でどうでしょう?」
うっ、ちょっと心が動いてしまった。
いやいや、ダメだ。
「取り引きは成立しているから、それはできない」
「そこをなんとか!」
「いや、できない!」
しょうもない交渉をくり広げる俺とルカ。
その隣で微妙な表情を浮かべているティナに顔を向けることができなかった。
×××
地下の階段を降り終え、陰湿な雰囲気立ち込める一本道を進むこと数分。
俺たちの前に現れたのは古びた木の扉。
「ここから異常な魔力を感じます」
俺は魔術を使わない方向で拳を構える。
こんなところで万が一使ってしまったら全員生き埋めになってしまう。
ティナもナイフを構え気合を入れる。
全員の覚悟ができて地下室へと突入した。
「あらあらまあまあ、屋敷内が騒がしいと思っていたらお客さんが来ていたのね。どうしましょう、私ったらなんのおもてなしもしないで。ごめんなさいね、すぐに紅茶とお菓子を用意するわ」
淡い紫色の輝きを放つ魔法陣の真ん中に座っていたお姉さんが、突然の来客が来たようなテンションで慌てて立ち上がった。
自身の身長と同じくらい伸びた黒髪に、おっとりとした表情をした美人さん。
起伏に富んだ体は芸術的だが、血の気の全くない白い肌が少し不気味にも見えた。
「ちょっと待って下さい」
お姉さんを引き止めるルカ。
その表情には警戒心が色濃く残っている。
「何かしら?」
「貴女からは異常な魔力を感じます。それに、生気を感じません」
「おい、それってどういう?」
「悪魔の力を取り込んでいます。それなのに正気を保っているなんて......。それだけじゃありません。この人、すでに死んでます」
「──っ! ってことはアンデッドなのか」
それなら肌の異常な青白さは納得できる。
でも、こんなに綺麗なアンデッドが存在するのか?
俺が今まで見たアンデッドは、どれもこれもトラウマを植え付けてくるようなのばっかりだったのに。
というか、あの話の資産家って女性だったのか。
「アンデッドって呼び方は止してちょうだい。気持ちだけはまだ生きているの。名前のフェリシアって呼んでくれると嬉しいわ」
「では、フェリシアさん。貴女はどういう存在なのですか? 発言次第では浄化もやむを得ませんよ」
フェリシアさんは困ったように頬に手を当てて、自分の存在について考え始めた。
「そうね......なんやかんやで悪魔を取り込んでしまった、子どもが大好きな未亡人ってところかしら?」
「色々と分からないんだが」
「私にもさーっぱり分からないのよ。死の間際、魂を奪おうとした悪魔が急に『ピギャァァァァ! 母性怖イィィィ!』って叫んだと思ったら、なぜか知らないけど私が悪魔取り込んじゃってね。その後死んだら、あらびっくり三十代の頃の姿になってたのよ。しかも生前は使えなかった魔術まで使えるようになったのよ。世の中って不思議よねぇ」
不思議で片付けられるような事ではないと思うけどな。
にしても悪魔の断末魔が......悲しい。
俺はルカに耳打ちをする。
「敵意は見えないけど、こういう場合どうするんだ?」
「悪魔に取り憑かれるなら分かりますが、取り込むっていうのは......。確かにフェリシアさんからは敵意や悪意は感じられませんが......困りましたね」
俺とルカがどうしていいか悩んでると、フェリシアはある一点を凝視していた。
その視線の先にいるのはティナだ。
「あらあらまあまあ、なんて可愛らしい女の子なの。お嬢ちゃんお名前は?」
「テ、ティナです」
「ティナちゃん……黒髪がとーっても素敵だわ。私とお揃いね......。私に子どもが居たらきっと、こんな感じに育ってくれたのかしら......。子ども、私の子ども......もしかして、お嬢ちゃん、私の子ども?」
気のせいだろうか?
フェリシアから不穏な雰囲気が漂う。
しかし、ティナは何を察したようで落ち着きを取り戻した。
「子どもが欲しかったんですね」
「えぇ、とーっても。でもね、私はもう子どもを産めないから諦めたわ」
悲しげに俯くフェリシア。
よほど子どもが欲しかったのだろう。
悪魔すら凌駕し、死んでもなおこの世に留まり続ける。
並みの想いじゃない。
俺はこの人をほんの少しでも救ってやりたい。
きっと、彼女も俺と同じことを思ったのだろう。
ティナは自分の手を、フェリシアの手の上に優しく乗せた。
「ティナが貴女の子どもになります」
「……ティナちゃん」
「ティナはお母さんがいません。だから、貴女がティナのお母さんになってくれたらとても嬉しいです」
それが決定打になった。
フェリシアは、涙腺が決壊したかのように涙を流しティナを抱きしめた。
「ありがとうね、ティナちゃん。その言葉だけで私は救われたわ......本当にありがとう」
フェリシアの身体が輝き、徐々に粒子となって消えていった。
ティナは母親になりたかった女性をいつまでも抱きしめた。
いつまでも、いつまでも。
彼女が完全に成仏し、消えて無くなるまで。




