第22話 杖は鈍器と彼女は言った
二階廊下。
絨毯の柔らかさを靴裏に感じながら進んでいく。
「敷地内そうだったけど、屋敷内も綺麗だ。ホコリ一つない。霊が掃除でもしてたのか?」
「きっと、時間が止まっていたにゃ」
「時間が止まっていた?」
疑問を呈すると、モカは「んにゃ」と頷き、その根拠を示した。
「屋敷の老朽化が全く進んでいないにゃ。モカの見立てだと、あの結界によって屋敷はこの世から隔絶されていたにゃ。隔絶されたことで時の流れからも外れたって感じかにゃ」
その根拠に素直に納得。
魔術的な知識は豊富のようだ。
俺はそういう人は素直に尊敬する。
「やってることはめちゃくちゃだが優秀な魔術師のようだな」
「否定はしないにゃ。モカは元宮廷魔術師だからにゃ。ルカも回復術師として有名だしにゃ」
「そうなのか!?」
宮廷魔術師というのは、国にその実力認められた魔術師にのみに与えられる称号。
魔術師ならば誰でも宮廷魔術師を目指し日々己を研鑽している。
そして、宮廷魔術師は俺たち魔術師にとって遥か遠くに存在する憧れの対象。
まさか、モカが……後でサイン貰おう。
でも、宮廷魔術師でモカなんて名前聞いたことないけどな。
「ん? 元ってどういう……」
「称号を剥奪されたんだにゃ」
「あ、すまない」
「謝らなくて良いにゃよ。モカは称号なんてこれっぽっちも興味無いからにゃ。......んにゃ、来たにゃ」
モカの猫耳がぴこぴこと動き出した。
とてつもなく愛らしい......。
っと、猫耳の破壊力に現状を忘れかけてしまった。
俺たちの前に現れたのは半透明の少女。目は虚ろで、呪詛を呟いているのか、口元が微かに動いている。
それだけではない。
動く人形、骸骨、鬼火、変な黒い塊……幽霊大集合ってところか。
待ってくれ。
これは普通に怖い。
俺が怖くて震えているのに対して、モカは呑気に欠伸をしている。
「こ、怖くないのか?」
「べ、べべべ別に、こここ怖くないにゃよ?」
そうでもなかった。
普通に怖がっている。
声めっちゃ震えているんだが。
不謹慎だけど、モカも怖がっていてちょっと安心した。
俺は杖を構える。
モカに任せたらまた屋敷が破壊される。
修理費云々の前に他人の家なんだ。
「──フォティノス!」
放ったのは聖魔術。
悪しきものには効果抜群の一撃。
俺はなるべく被害が出ないように薄い光をイメージした。
輝きは幽霊たちを次々と消し去り、壁の表面を少し削り取ってしまう。
それでも魔術調節の訓練を積んでいる甲斐もあって被害は最小限で済んだ。
この調子でもっとコントロールできるようになろう。
「──っ、しまった!」
まだ生き残っていた憑依人形が、俺の横をすり抜けてモカへと飛びかかった。
うとうとしていたモカは、憑依人形の接近に気付き眼をカッと見開く。
杖を構えて、憑依人形を打ち抜くようにフルスイング。
憑依人形はガラスを突き破り、闇の彼方へと消え去った。
俺はモカに詰め寄る。
「なるべく壊さないでくれって言わなかった?」
「急に来たんだから仕方ないにゃ」
「うとうとしていたからだろ! つかこの状況で寝そうになるってどういう神経してんだ!?」
「モカの最大欲求は睡眠にゃ。それは、殆どの感情を凌駕するにゃ」
「それかなり危なくないか? そんなことよりだ……あの杖の使い方はなんだ! いくらなんでも看過出来ないぞ!」
ブン殴って使うなんて聞いたことも見たこともないぞ。
俺の怒りに対して、モカは杖を俺に向けて断言する。
「これは単なる鈍器にゃ」
「………………」
モカが宮廷魔術師の称号を剥奪された理由が少し分かった気がする。
×××
幽霊退治をしながら一室一室をキッチリ探索兼下見をしていく。
しかし、凄まじい幽霊の量だ。
勘弁してくれ。
奴らが出現する度に屋敷の損傷率が上がっていくんだが......。
攻撃特化の元宮廷魔術師なだけある。
一撃一撃の破壊力があまりにもエグい。
手加減しているんだよな?
そんなこんなありながら、俺たちは二階の最後の一室、寝室へとやって来た。
モカは猫耳を動かしながら渋い顔を浮かべた。
「ここは他とは違う......嫌な気配がするにゃ」
確かに他の部屋とは雰囲気が違う。
この気持ち悪い感覚は一体?
全方位から舐めるように見られている気がしてしょうがない。
全身に嫌悪感が走る。
その瞬間だった。
「モカッ!」
屋敷の反撃がモカに降りかかった──。