第18話 裏ボスとの対決
最初に動いたのは蒼炎の九尾だ。
耳を塞ぎたくなるような咆哮の後、九本の尻尾が勢いよく伸びる。
「──カルテリコス!」
俺は咄嗟に防御魔術を発動。
全員を守るように防御壁が展開される。
防御壁に尾が直撃し、甲高い音が響き渡った。
一撃一撃がかなり重い。
都合、九回の連撃を防ぐことに無事に成功する。
反撃に移る。
「ワシに任せろ!」
「陽動します!」
一気に前に出るティナとヴァリス。
俺は自身とヴァリスに強化魔術をかける。
ヴァリスには事前に伝えてある。
『たかが強化魔術じゃろ? 問題ないわ。ワシを誰だと思っておる』
と、許可を得てはいたが、多少の不安はあった。
しかし、それは杞憂だった。
「グゥハハハハハハ────!! 体の奥底から力が溢れてくるぞ!!!!」
高揚の雄叫びをあげてヴァリスが迫ってきていた尾を殴りつける。
流石は耐久EXだ。
俺の強化魔術を受けて、あんなにピンピンしているなんて……感動的だ!
「行きます!」
ティナは空間跳躍を駆使して尻尾の連撃を回避する。
そして、蒼炎の九尾の目の前に出現したティナは暗器を投擲する。
暗器は胴体に深々と突き刺さる。
鮮血の代わりに青い炎が傷口から吹き出す。
痛みに硬直した裏ボスの顔面にヴァリスが渾身の拳を叩き込んだ。
鈍い音ともに蒼炎の九尾の顔が地面に沈む。
「お兄様! 今です!」
ティナがヴァリスの腕を掴み蒼炎の九尾から離れる。
俺は溜めていた魔力を一気に解き放つ。
「──アトミス!」
奴は炎を纏っている。
炎属性に効果抜群なのは水属性だ。
イメージした水の槍が蒼炎の九尾に着弾。
その瞬間、絶叫と蒸気が空間を席巻する。
流石にこれで倒せたとは思えないが多少なりともダメージは負ったはずだ。
セラフィの近くに戻っていたティナとヴァリスに駆け寄る。
「お、おい、大丈夫か?」
ヴァリスの拳が焼け焦げていることに驚いてしまう。
「ん? ああ、問題ない」
そうか、超回復持っていたんだった。
とはいえ女性が傷を負うのは見ていて気持ちのいいものではないな。
ヴァリスをボロボロの血塗れにした過去がある俺が言えたことではないが……。
「ワシのことなぞどうでもよい。それよりアイツじゃ。殴った時の手応えが全くなかったぞ」
「ティナの攻撃も有効打とは到底思えませんでした」
蒼炎の九尾の咆哮によって蒸気が搔き消える。
纏っている青い炎は激しさを増し、獰猛な瞳は怒りで赤く染まっていた。
確かにヴァリスの打撃もティナの暗器もダメージはないようだ。
「物理無効ってことか……厄介だな」
作戦を立てようとするが、相手は待ってくれない。
大きく口を開けて青い炎を吐きだした。
まるで大波のように青い炎が迫る。
肌に感じる熱さは背筋が凍りそうになる。
一瞬、水魔術で相殺しようとしたが無理だと本能が告げる。
「──カルテリコス!」
先ほどよりも魔力を込めて防御壁を展開する。
なんとか蒼炎は防げたが、続けざまに尻尾の攻撃が襲いかかる。
防御壁にヒビが入った。
威力が上がっている……?
耐久戦になるのはマズい。
「俺がアレをなんとかする! ティナはセラフィを、ヴァリスは援護を頼む!」
「分かりました、お兄様!」
「ワシの更なる力を見せてやろうぞ!」
炎が収まると同時に俺は前に出た。
飛び散る青い炎を避けながら、水魔術を連発する。
高速で放たれる水の弾丸は着実にダメージを与える。
小さな攻撃を積み重ねつつ、トドメの魔術の準備をする。
複数の魔術を並行して使用するのはかなり頭に負荷がかかるが泣き言は言ってられない。
俺が攻撃をしている最中、ヴァリスは蒼炎の九尾に向けて両腕を伸ばす。
細い指で印を結び、厳かに呟く。
「──【穿て覇龍の鋭牙】」
突如出現した複数の鋭利な黒い槍。
その一本一本に凄まじい魔力が込められていた。
それが勢いよく九本の尾、四肢に突き刺さる。
蒼炎の九尾が絶叫し、身をよじり振りほどこうとするが外れない。
「グゥハハハハハハ────!! その槍は貴様という概念そのものを縛っておる! 抜け出すは不可能じゃ! 龍の恐ろしさを思い知ったか痴れ者が!」
ヴァリスの高笑いを合図に俺は準備していた魔術を解き放つ。
「──アノ・アトミス!!」
俺のイメージによって顕現したのは巨大な水の龍だ。
水の龍はとぐろを巻きながら空間を縦横無尽に飛翔し、蒼炎の九尾に喰らい付いた。
断末魔が響き渡る。
その瞬間に水蒸気爆発が起こった。
迫り来る熱風から身を守る。
やがて、水蒸気が収まると、そこには蒼炎の九尾の姿はなかった。
辺りに撒き散らされた青い残り火が撃破した証明だ。
あと、瑠璃色の輝きを放つ結晶が転がっていた。
それを回収して、みんなのところに戻ると緊張が解けて尻もちをついてしまった。
「大丈夫ですか、お兄様」
「ああ、初めての裏ボスだったからな。かなり緊張したよ」
セラフィが近寄ってきた。
その表情は曇っていて、いまにも泣きそうになっていた。
「ごめん、私何もできなかった」
「誰だって通る道だ。俺も初めてのボス戦の時は怖気付いて何もできなかったからな」
「そうなの?」
「腰抜かして、帰りは背負われて帰ったよ」
「そうなんだ……」
俺は立ち上がる。
まだ、クエストの進行度は半分だ。
「ダンジョンを出よう。それから解体作業だ」
「いやっふぅー! お待ちかねじゃ! 楽しくなってきたの!」
×××
ダンジョンから脱出した俺たちは早速解体作業に移った。
ヴァリスはウキウキだったが、それも最初、ダンジョンの外部を破壊したとこまでだった。
破壊した後は単なる瓦礫撤去だ。
思っていたのとは違ったようで、ヴァリスはずっと文句を垂れていたがそれでもちゃんと手は動かしていた。
それから時間は過ぎていって夕方。
俺たちはダンジョンの解体作業を無事に終えることができた。
「何とか終わったな」
「そうですね」
「結構大変だったけど、楽しかったね」
「ふっ、ワシたちにかかればこの程度造作もない、じゃろ?」
ヴァリスはニンマリ顔で親指を立てた。
夕焼けに照らされ、土や砂埃で汚れた顔を見合わせて俺たちは笑った。
「オイ、テメェら」
笑い合っていると、ダンガスさんが俺たちを呼んだ。
数時間前とは違って、不信感は微塵もない表情を浮かべていた。
「その、なんだ......最初は済まなかったな。テメェらは、期待以上の働きをしてくれた。本当に感謝する」
「いやいや、俺たちは依頼をこなしただけですよ」
「ハハハ、他の冒険者とは違えぇな。テメェら今日は泊まっていけ。最高のもてなしをしてやる」
ペンションでの一夜は時間の流れを忘れるほどに楽しいものだった。
クエスト達成。
特別報酬……瑠璃色の輝きを放つ結晶(詳細不明)。