第102話 渾身の一撃
俺は最高火力の魔術を繰り出す。
出し惜しみは絶対にしない。
そんなことしていたらあっという間に殺されてしまう。
対峙して分かった。
この男は強い。
纏っている魔力は禍々しさに気を奪われてしまっていたが、よく観察すると純度が相当高い。
加えて、今の魔術。
発動速度、精密さ、威力──どれをとっても一級品だ。
攻撃力もさることながら防御力も高い。
俺の渾身の攻撃が全て防御壁によって防がれてしまっている。
一撃で砕けているのだけが不幸中の幸いだ。
「簡単に砕いてくれる。いいぞ、これくらいはしてもらわねれば楽しめない」
「減らず口を」
「お前を痛めつけたくてしょうがないんだ。心底不愉快なんだ、お前という存在が」
魔王が杖を振るう。
俺を囲むように空間が歪んで漆黒の一撃が迸る。
防御壁を何重にも展開する。
凄まじい破壊音が轟いて、壁がいとも簡単に割られていく。
「お前は脳だけを生かしておいてやる。最初はあの小娘だ。どうせ胸の脂肪が邪魔して心臓には届いていないだろうからな。惨たらしく殺してやるぞ。その後は幻獣を再び手中に収めてからシェリルを殺す。忌々しいメイナードの系譜は根絶やしだ。お前と関わった者も一人残らず殺す。お前はただ見ることしかできないんだ。どうだ、楽しそうだろう?」
「お前ぇぇぇ────っ!!!」
攻撃を受け切った俺は準備していた魔術を発動する。
「──アノ・エクリクシス!!!」
杖から顕現した魔法陣に膨大な魔力を注ぎ込む。
コイツだけは絶対に許さない。
何がなんでもここで倒す。
その時だった。
注ぎ込んだはずの魔力が消失してしまう。
何事かと思ったら、魔王の杖に魔力が吸収されていたのだ。
そんなことまでできるのか……?
「流石にこの魔力量での攻撃は防ぎきれそうにないからな。この奪った魔力で面白いことをしてやろう」
魔王は歪んだ笑みを浮かべて、杖を勢いよく床に叩きつける。
その瞬間、地面が激しく揺れだした。
さらに体が何かに押し潰されるような感覚に襲われた。
なんだ?
一体、なにが起こっているんだ?
困惑していると、床に亀裂が勢いよく走りやがて砕け散った。
そこでようやく何が起こったのか理解できた。
建物自体が上空に浮かんでいるのだ。
浮かせたのか?
上空に無理矢理浮上させられた建物は、当然のように重力に逆らえずに崩壊しながら落下していく。
「どうだ? 面白いだろう? 落下する城で戦うなど今後一切ないだろう。良い思い出ができて良かったな、ルーファス」
「黙れ!」
崩れる瓦礫を足場にしながら、魔王の元へ向かう。
魔王の魔術が行く手を阻む。
漆黒の一撃は回避しても足場を奪っていく。
このままでは足場を失う。
「ほら頑張れ、頑張れ」
俺は相殺目的で魔術を行使する。
多少の不安はあったが、かなりの魔力を込めれば何とか相殺することができた。
だが、魔王自体にはダメージを一切与えられていない。
このままでは魔力が底をついてしまう。
魔術が弾け飛ぶ。
余波で破壊された瓦礫の破片が体に突き刺さるが痛みを無視して走る。
走る、走る、走る。
不安定過ぎる足場に対する恐怖感を無視して、とにかく走る。
まるで永遠かとも思える時間だった。
それでも、距離は確かに縮まっていた。
俺は跳躍して、杖を天に掲げる。
「うおおおおおお────っ!!!」
巨大な魔法陣が展開される。
魔王は未だに椅子に腰掛けて、枯れた笑みを浮かべる。
「学習能力がないのか?」
魔力が吸収されていくのが分かる。
そう来ると思っていた。
魔力はなんていくらでもくれてやる。
「────っ」
魔王は俺が何かを企んでいることを察知して、魔術を行使した。
漆黒の衝撃が空間を蹂躙する。
俺は全力で防御魔術を展開して攻撃を防ぐ。
だが、今ので距離が遠退いた。
一発、一発叩き込みたい。
ティナを、セラフィを、みんなを弄んだコイツを殴らないと気が済まない。
でも、拳はどんなに伸ばしても届かない。
どうする?
どうする!?
どうすればいい!?
その瞬間、ある光景が脳裏をよぎった。
これなら攻撃は届く。
だが、これは……。
正直、やりたくない。
何で思いついたのがこれなんだ!?
いやいや、こんな時にプライドだなんだなんて捨てろ。
俺はこの変態野郎に一撃叩き込みたい。
それを遂行するためだ。
歯を思い切り食いしばる。
そして、杖を構える。
魔王はまた魔術を使うのだろうと予想して、魔力を吸収する準備を始める。
だが、俺は魔力を練っていない。
術式だって構築していない。
俺は杖を両手で握る。
そして、大きく体を捻る。
魔王は俺が何をしようとしているのか分からない様子だ。
「喰らえぇぇぇぇぇぇ────っ!!!」
「なっ!?」
俺は全力で杖を振るう。
半円を描きながら、杖は魔王の顔面を勢いよく撃ち抜いた。
衝撃で杖がへし折れる。
会心の一撃を受けた魔王は椅子から浮いて、血を撒き散らしながら落下するのだった。




