第10話 力の自覚
「── フォティア!」
ダメージが入っていないことに驚きつつも、俺は次なる魔術を放つ。
魔法陣から炎が吹き出す。
それを巨大な炎弾に形成して一気に発射した。
ヴァロスラヴァは相変わらず防御の姿勢を取ろうとしない。
ただ手を伸ばすだけだ。
超速で放った炎弾を真っ正面から受け止めた。
「クハハハッ」
炎弾を握り潰す。
握られた拳からは煙が立つだけで、やはりダメージは微塵もない。
「なんじゃ、今の火力は? ワシが本物を見せてやろう!」
「──っ! ──アトミス!!」
ヴァロスラヴァが大きく息を吸って勢いよく吹き出す。
単なる息は灼熱の炎へと変化して俺を襲ってきた。
俺は大量の水を生み出して防御する。
灼熱の炎、水の防壁。
双方が触れた瞬間に莫大な蒸気が一気に発生した。
視界不良になり、俺は動きを停止させる。
その瞬間、体に衝撃が走る。
「ぐっ!?」
ムチのようにしなる尻尾は俺を簡単に薙ぎ払う。
吹き飛ばされて岩壁に激突。
背中を強打して、息が上手くできなくなる。
何とか呼吸を整えようと顔を上げると、目の前にヴァロスラヴァの顔があった。
彼女の拳は固く握りしめられている。
杖は先の一撃で遠くへ飛ばされてしまった。
魔術は使えない。
己の体で防ぐしかない。
俺は腕をクロスして防御の姿勢をとる。
ヴァロスラヴァの一撃が炸裂した。
おぞましいほどの破壊力。
だが、俺は腕のみで防げてる。
先の攻撃も、今の攻撃も、本来喰らった瞬間に終わりだったはずだ。
それなのに俺は防御できている。
ありえない。
だが、ありえない現実はこの瞬間に起きている。
ギルドカードのステータス。
アレが不具合ではなく事実だとしたら?
イアンではなく、俺が本当に『龍の加護』を持っていたとしたら?
刹那、俺の中で何かが弾けた。
ヴァロスラヴァの次なる一撃を回避して蹴りを叩き込む。
クリティカルヒットの感触。
一瞬、動きが止まったヴァロスラヴァとの距離を置く。
「──ディナト!」
俺は杖無しで、自分自身に強化魔術をかける。
全身に力が駆け巡る。
大丈夫だ。
問題なく体は動くし、どこも痛くない。
まさか、ちゃんと強化できるなんて……感動だ!
俺は大地を蹴って攻撃にかかる。
まともに肉弾戦なんてしたことないけど、体が勝手に反応する。
何をどうすればいいのか手を取るように分かる。
「グゥハハハハハハ────!! 良いではないか! もっと、もっとじゃ!!」
ヴァロスラヴァと殴り合う。
お互いのボルテージがどんどん上がっていく。
地面がひび割れる。
何発も良いのが入っているにも関わらず、ヴァロスラヴァの勢いは衰えない。
ありえないくらいの頑強さだ。
このまま殴り合っていたらジリ貧。
俺の全力の一撃を叩き込む。
杖無しで制御出来るかは分からないが、一か八かだ。
距離を置いて俺は魔術を行使する。
「アノ・エクリクシス────ッ!!!」
魔法陣が幾重にも展開される。
臨界点に達した膨大な魔力が魔法陣に干渉し弾ける。
一瞬、音が消える。
直後に鼓膜を震わせるほどの爆音が轟く。
大爆発の余波によって、山が抉れて地形が変化する。
空まで立ち上る砂煙が徐々に晴れていく。
そこには鮮血を滴らせるヴァロスラヴァが五体満足でいた。
彼女は膝をつき、肩で息をしていたが笑っていた。
まだやるつもりか?
そうだとかなりマズイぞ。
今の一撃で魔力は空っぽだ。
あちこち痛くて一歩も動ける気がしない。
「ワシをここまで追い込むとは……流石じゃ、ルーファス……」
そう呟き、白目を剥いてばたりと倒れ込んだ。
その瞬間に歓声が湧き上がった。
「すげぇぞ、ルーファス!」
「お前のポンコツ魔術もたまには役に立つんだな!」
「ルーファス! ルーファス!」
冒険者たちが俺の名を高らかに叫んで拳を突き上げる。
みんな、めっちゃ元気じゃん……。
少しフラつくと柔らかい感触が俺を支えた。
ティナとセラフィだ。
「大丈夫ですか? お兄様」
「大丈夫? ルーファス」
「ああ、魔力がすっからかんでだるいくらいだ」
精一杯強がってみせる。
が、二人は同時に薬草を俺に渡す。
どうやら妹と幼馴染みにはお見通しのようだ。
「ルーファス、お前はそこで休んでろ」
「そうそう、その間に俺たちはがっぽり稼がせてもらうからな!」
俺は苦笑する。
「アレの撃退料はしっかりもらうからな」
結局、鉱石採取はティナとセラフィに任せて、俺は休むことにした。
俺の隣にはヴァロスラヴァが寝かされている。
「貴様……」
「起きてたのか?」
横を見ると赤い瞳に力が宿っていた。
今にも襲いかかってきそうで怖い。
「なぜじゃ……? なぜ、力があるのに逃げた……?」
「逃げたんじゃない。使い物にならないからって追い出されたんだ」
「は?」
ヴァロスラヴァは素っ頓狂な声を漏らす。
それから言っている意味を理解して笑い出す。
「そうか……そうか、そうか。ワシの勘違いか。……これは愉快じゃ」
ひとしきり笑ってからヴァロスラヴァが俺に質問した。
「貴様は……今、何をやっているんじゃ?」
「冒険者だ」
「なんじゃそれ? 楽しいのか?」
俺は鉱石を取り合っているティナと冒険者、その周りを取り囲んで野次を飛ばしているみんなを見ながら言う。
「ああ、楽しいよ」




