第一話『偶然』
「終わってしまった」
本当に。なんで、やりたくもない仕事が終わってしまうのだろう。絶対に無理だ、と思っても、どんなにオールして眠くても、いつかは終わる。残業なんて無いです!って掲げてる会社は大体ブラックって噂。確かめられただけでも良かったのかもしれない。転職するにしても、別にセクハラとかパワハラがあるわけでもないし…まあ単に勇気が無かっただけなのかもしれないけど。原因の分からない溜息をつきながら会社を出る。今の時刻は22時。定時は4時間前。
「お疲れ様です…」
警備員さんに声をかける。
警備員さんが一番楽なのでは無いだろうか。やったことないから言えるんだろうけど。
冬の街はすっかり暗く、寒くなり、クリスマスの雰囲気が増していく。
家に帰っても自炊なんて出来る余裕は無い。
いつからコンビニ飯に堕ちたのだろうか。
「ははっ」
乾いた笑いが口からこぼれる。
一人暮らしに楽しみを感じていたのはいつだっただろう。
初めのうちは元気よく会社に出勤していた、はず。
コンビニ寄って、弁当買って
「あ、ちょっと値上がりしてる」
なんてことに気がつくようになるぐらい、同じ世界を見ていた。
「明日が来るのって、こんなにも嫌になってたんだ」
『ピピピッ ピピピッ』
今日は会社を休んだ。
最近存在に気づいた有休を使って。
こんな私にも楽しみが無いわけでは無い。
限りなく少ないだけで。
ある日。
「ねえ、さとーちゃん!」
自分の名前は佐藤なので、同僚(の一部特殊な人種)からは「さとちゃん」と呼ばれている。呼んでと言った記憶はないが。
「何?自分今ノルマ終わって無くて忙しいんだけど…」
「まあまあ、ちょっと話付き合ってよ」
「はあ、分かったけど、手短にね」
「はいはい、わかったよう」
(なんでこっちが悪いみたいに…)
「じゃあさ、『星の七人の王子』っていうまあ、略して『ほしなな』って知ってる?」
「なにそれ、アニメ?」
「ちっちっち!ゲームだよ、乙女ゲーム!」
「はぁ、乙女ゲームなんか知ってるとでも?」
「ま、しらないだろうねぇ」
「なんなんだよ」
「そう、かっかしないでさ。一回!一回だけ!やってみて?めっっちゃ面白いからさ!私も友達に勧められてやってみたんだけどすっごいはまっちゃってさぁ」
「ふーん、有名なの?」
「まあ、巷ではってとこかな」
「『ほしなな』…ああ、なんか聞いたことあると思ったら乙女ゲームだったんだ」
「やる?」
「ま、一回やってみようかな」
そこから『ほしなな』生活が始まった。ストーリーは至って簡単で、主人公である、「ルルランカ」を七人の登場人物たちと結んでいくだけ。ただ、普通の乙女ゲームと違う要素がある。それは、『主人公が悪役令嬢』というところだ。プレイヤーは悪役だったルルランカの性格をどんどん直していくというわけ。
まあ、直さなかったら、七人の全員から嫌われて、処刑というルートもあるにはある。
こわいよね。
帰り道も、『ほしなな』をプレイしながら帰っていた。いつも通り。いつものようにコンビニ飯を買って。家に帰って。スマホ弄りながら食べて…。
いつも通りにはならなかった。
「お姉さん、危ないっ!」
「
え
」
【パリィーンンン……】
割れたような音がずっと響いてる。
そこまでの記憶はある。
なにかが、頭上に、衝突して、救急車を、よばれた、ようなきがする。
いしきはしずむ。
くらいやみへ。
「ほんとーにごめん!ね」
気がついたら誰かに謝られていた。
病院には到底見えない。
何故か白のみの世界。
相手は…金髪に白い服を着た子供しかいないようだった。
うん、現実逃避しよう。してやろうじゃないか。
ここは夢だ、と。
まあ?べつに?ここが死後の世界だとしても?前の世界になあーーーんの未練もない訳でもないけど。
死んだ!割り切ろう。死んだのだ!
今まさに、人生に1回しかない体験をしてるのだ!
まあ、一旦目の前の子供に聞くか。
「だれですか!」
「うーと、僕は君たちの世界で俗に『神』と呼ばれている存在だよっ、ね」
キランとウインクされる。ちょっとウザい。
「神?がどうして…」
「ええとね、あのね?落ち着いて聞いてね?…君は死んじゃったんだよぉぉ、ね」
すごく申し訳なさそうに言われた。
だがしかし、その清算は終わっているのでね。
「はいそうですか」
「・・・切り替えが早いんだね」
「そうですか?」
「本題に入るけど、君が死んじゃった原因が僕なんだよね」
「過労死とかじゃなく?」
「過労死とかじゃなく」
死ぬとしたら、『過労死』では、と思っていたが、どうやら違うようだ。
あーでもなんか、頭に衝撃がきていたような…。
「いやー、僕もびっくりなんだけど、植木鉢を天界から落としちゃって、その真下にいたのが君なんだよね。で死んじゃった、と」
まあ、死んだなら仕方ないかぁ。
「私はどうなるんですか?」
「怒らないの、ね」
「まぁ、怒ってもしょうがないので」
「それもそうなんだけどね、と、いうことで、君には転生して貰います、ね!」
「転生…」
「はい!僕が死因だから、ちょっとは良い環境にしたいな、と思ってね。別の世界に転生してもらうんだけど、何かある?」
「じゃあ、『ほしなな』の世界がいいです」
「分かった」
「…いいんですか」
「いいのいいの。君には楽しんでもらいたいし、ね」
「では、よろしくお願いします」
「はーい!じゃあ、いってらっしゃい!」
天界にぽっかりと空いた穴に自身が吸い込まれていく。
ジェットコースターの落ちるかんじ?
意識が途切れそうになった時、
「まぁ、主人公じゃないかもだけど、ね」
という神様の声が聞こえた、気がした。