閑話 一方その頃、離宮では
アルフレッドの出奔は、数日間気づかれることがなかった。
普段から不真面目で反抗的な姿勢で生きている彼は、癇癪を起こすと私室に引きこもって出てこなくなるという悪癖を持っていたからだ。
アルフレッドの婚約者候補であるレティシア・イルソイールが追放された。しかも行き先は分からず、貴族籍すらも抜かれたらしい。
その衝撃的な話を聞かされたアルフレッドは、例によって例のごとく、離宮にある私室へと籠城した。
「殿下、アルフレッド殿下! どうかこの扉をお開けくださいませ!」
使用人や、彼のパトロンである貴族が呼びかけても、アルフレッドは一言も返事をよこさない。いつもならば部屋の前に食事を置いておけば、隙を見つけてこっそり部屋に持ち込んで食べていたが、今回はその気配もない。
かといって無理やり開錠しようとしても、王族の持つ豊富な魔力によって編まれた障壁は容易には突破できず、周囲は途方に暮れていた。
そんな時、騒ぎを聞きつけて現れたのは、第一王子でありアルフレッドの実兄であるカーチスだった。
「皆、そんなに困った顔でどうしたんだ? また私の弟が何かやらかしたのか?」
「カーチス殿下! いえ、その……実はアルフレッド殿下の婚約者候補が、殿下が婚約を拒絶したせいで家から追放されたそうなのです。それでショックを受けたアルフレッド殿下は、私室に引きこもってしまわれて……」
「なんと、それは大変だ。そんなにショックを受けるぐらいであれば、婚約者を自力で呼び戻すぐらいの気概は見せるようにと説教しなければ!」
「えっ」
第一王子カーチスは、才能に満ち溢れた自他ともに認める天才であり、将来は賢王として国を治めることを期待されている人物だ。
しかし、普段は常識人にしか見えない余所行きの仮面をつけてはいるが、その本質は破天荒な変人である。普段の彼を知る者からすれば、ワガママ王子のアルフレッドの実兄であると言われても容易に納得できるというのが共通見解だ。
そんな勢いだけで生きている暴走馬車のような性格のカーチスは、アルフレッドの部屋の前にやってくると、無造作に手のひらを扉に当てた。すると、パリンッと何かが割れる軽い音とともに、アルフレッドが丹精込めて編んだ障壁はやすやすと破壊される。
「入るぞ、アルフレッドー?」
鍵をこじあけてから入室の許可を取るかのような蛮行に、周囲はドン引きの視線を向ける。しかしカーチスは一切それに気づくことなく、アルフレッドの私室のドアを平然と開けた。
「アルフレッド、そんなに大切な人なら自分の力で取り戻しに――うん?」
話しかけながら入室したカーチスを待っていたのは、もぬけの殻になったアルフレッドの部屋だった。どこかに隠れているのかと思って部屋中を探し回ったが、アルフレッドはどこにもいない。
その代わりに見つかったのは、部屋の主からの端的な置き手紙だった。
『レティシアを呼び戻してくる。すぐに戻るから騒ぎにしないでくれ』
「……ほう。ほうほう!」
端的な内容の手紙を読み終わり、カーチスは生き生きと目を輝かせた。
あの不真面目で、何事にも本気にならない弟が、初めて他者に執着を見せたのだ。護衛や見張りを出し抜き、恐らくは旅の準備を一人で整え、一世一代の脱出劇を全力で遂行した。
行方も確かでない女性を追いかけたのであれば、宝物庫からいくつか魔法道具を持ち出したのかもしれない。主体性のないあの子が、たった一人で!
今の今までそれが露見せず、城下で騒ぎになっている様子も、賊に捕らえられて人質にされている様子もないことを思うと、今頃は首尾よくその婚約者のもとにたどり着いているころだろう。
婚約者を連れ戻せるかどうかは、彼がどれだけ甲斐性を見せるかにかかっているだろうが、そこまで行動を起こせるほど本気であれば、時間をかければきっと説得してみせるはずだ。
なぜなら彼は、本当の実力をひた隠しにする、自分の可愛い弟なのだから。
カーチスは誇らしい気持ちになりながら、高らかに宣言した。
「やるじゃあないか、我が弟よ! この兄がお前のワガママを全力で支援してやろう! あっはっは!」
第一章はここまでです。
次回から第二章が始まります。