表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/69

最終話 とある妖精王たちの幸せな結末

 ユリウスの激励の声を背中に聞きながら、アルフレッドは白馬の背にしがみつく。腕の中のレティシアはぐったりと脱力し、目を覚ます気配はない。


 彼女の命を取りこぼしてなるものかと全身で語るように、アルフレッドはレティシアをきつく抱きしめる。


 そんな強い想いを背中に感じながら、アーシェは地面を蹴るスピードをさらに速めた。


 明け方の草原を、一頭の白馬が疾駆していく。吹き抜ける風のような勢いで、蹄を高らかに鳴らしながら、神秘の森目指して駆け抜けていく。


 やがて草原は終わり、白馬の体は森の中へと滑り込む。苔むした土を蹴り上げ、複雑にうねる木の根を踏み、目的地めがけて一直線に進んでいく。


 普段は目に見えないだけで森のいたるところにいる妖精たちが慌てて道を空け、白馬はその隙間を走り続ける。


 背中の上のアルフレッドにとっては永遠にも感じる数分の後――アーシェは徐々に速度を緩め、工房の前を通り過ぎ、その裏手にある泉へと辿り着いた。


 立ち止まったアーシェは膝を折り、アルフレッドたちが降りられるように身をかがめる。アルフレッドは転がり落ちるように背の上から降りると、レティシアを抱え上げて急いで泉の中へと向かった。


「頼む、合っていてくれっ……!」


 自分の服が濡れることもいとわず、アルフレッドはレティシアとともに泉の中へと入る。水面から顔が出るように支えた姿勢で、彼はレティシアの全身を泉の浅瀬に横たえた。


 だが、水の中に入ってもなおレティシアは指先一つ動かすことはなく、その目も固く閉じられたまま開く気配はない。


「レティシア、頼む……目を開けてくれっ……」


 悲痛な祈りを捧げながら、アルフレッドは彼女の手をきつく握りしめる。


 希うようにレティシアの手を握って己の額につけ、アルフレッドは必死に祈り続ける。アーシェはそんな二人をしばらく見守っていたが、何かを思いついたかのようにどこかへと去っていった。


 やがて太陽は徐々に昇っていき、朝焼けのまぶしさは和らぎ、朝方の風が爽やかに吹き抜ける。


 それでもなお同じ姿勢でアルフレッドが祈り続けていると、遅れてやってきたソイルが彼に声をかけてきた。


「王様、これ食べて?」


「ソイル……?」


 アルフレッドが顔を上げると、そこには小さなバスケットをこちらに差し出すソイルの姿があった。バスケットの中にはいくつかの果実が入っており、そこで初めて彼は自分の空腹に気付く。


「……ありがとう。ソイルが探してきてくれたのか?」


「ううん、私は渡してねって言われただけ。食べられるものを探してきたのは白いのだよ!」


「え……?」


 首を巡らせると、泉のほとりにいたアーシェが気恥ずかしそうに顔を逸らすのが見えた。


「こんなところで倒れられて、溺れ死ぬようなことになったら間抜けすぎますからね! ヒヒン!」


 照れ隠しのようにわざとらしく大きな声で言うアーシェに、アルフレッドは弱々しく苦笑した。


「ありがとう、二人とも。いただくよ」


 アルフレッドは果実を手に取り、そのままかじりつく。その途端、みずみずしい果汁が果実の内側からあふれだし、ほとんど一日ぶりの食事が体の奥にじんわりと染み渡っていく。


 果実を飲み下すごとにそれを感じ、あの追い詰められた状況から生還したのだと全身が実感する。


 だけど、唯一目の前にいる大切な人だけは取りこぼしそうになっていることを思い出し、果実に噛みつきながらアルフレッドは自分の感情がぐちゃぐちゃに乱れるのを感じていた。


 やがて渡された果実を食べ終わり、アルフレッドは再びレティシアの手を握りしめる。


 太陽は中天にまで昇り、小妖精たちがふわふわと近づいてきた。


「女王様」


「僕たちの同胞」


「遠い血族の子」


「まだ目覚めないの?」


「ねぼすけさん!」


 小妖精たちは他人事のようにくすくすと笑って飛び回り、それでも彼らなりの好意なのか、あちこちで花を摘んできてはレティシアとアルフレッドの上に降らせてきた。


 どう反応すればいいか分からず、アルフレッドが甘んじてその扱いを受け入れていると、ふと近寄ってきたソイルが彼に問いかけてきた。


「王様、女王様は妖精なの?」


「……ああ、遠い昔に妖精の血が混じった、のだと俺は信じている」


「んー、だったらね、ソイルにやったみたいにお話を語ってあげるのが、いいんじゃないかなって!」


 純粋な笑顔で告げられた言葉に、アルフレッドはこぼれ落ちそうなほど目を見開く。


「……そうか。未熟な妖精には、物語が効くんだ……!」


 妖精基準の未熟さや不安定さがどのぐらいの基準なのかは分からないが、妖精は数百年、数千年を生きる存在だ。彼らから見ればレティシアは圧倒的に未熟な幼子だろう。賭ける価値はある。


 アルフレッドは懐から本を取り出す。彼の服は水浸しになっていたが、なぜか本だけは一切濡れることなくそこにあった。


 アルフレッドはページを開くと、どんな物語を紡ぐべきか一瞬考え込む。


 どう言えばレティシアを助けられるのか。どんな物語を彼女に与えるのが相応しいのか。


 アルフレッドは大きく息を吸って吐くと、決意を固める。


 いや、飾る必要も誇張する必要もない。ただあるがままに、己が体験したことを、己が好きになったレティシアのことを語ればいい。


 ある種の恋文めいたものを綴ることを決め、アルフレッドは唇を開いた。


 ――昔々、あるところにワガママな王子がいました。


 ――ワガママ王子は婚約者の令嬢に意地悪をして、『雑草令嬢』と馬鹿にしました。


 ――しかし令嬢は怒ることなく、ワガママ王子は癇癪を起こしました。


 ――その結果、ワガママ王子は自分の行いのせいで妖精に襲われて、令嬢に助けられてしまいました。


 子どもたちに語り聞かせるように優しく、一言一言を大事にアルフレッドは物語を紡ぐ。周囲を飛び回っていた小妖精たちは、いつの間にか泉の周りに集まって、静かに話に聞き入っていた。


 ――ワガママ王子は恥ずかしさのあまり、令嬢と婚約破棄をしてしまいます。


 ――ですが令嬢が姿を消してから、ワガママ王子は気付きました。


 ――自分は彼女に恋をしているのだと。


 アルフレッドのその言葉を聞いた妖精たちは、歓喜から黄色い悲鳴を上げる。そんな周囲に恥ずかしくなってしまいそうになるのを押し殺し、アルフレッドは言葉を続けた。


 ――ワガママ王子は令嬢を追いかけて、神秘の森に向かいました。


 ――彼はそこで令嬢と再会しましたが、数奇な運命によって、二人で一つの妖精王になってしまいました。


 隣に座るソイルも、続きをせがむ子どものようにきらきらと目を輝かせてアルフレッドを見上げる。アルフレッドはそれに気付かないふりをしながら、口を動かした。


 ――古き王を助け、ユニコーンを想い、過去と向き合い……


 ――ワガママ王子と令嬢は、妖精王として仕事をしながら、少しずつ心を通わせていきました。


 ――しかし、悪しき者の手によって、妖精王たちは襲われてしまいます。


 ――令嬢は、仲間たちを逃がすために囮になり、眠りの毒に侵されてしまいました。


 ――ワガママ王子は令嬢を助け出し、彼女が目を覚ますために手を尽くしました。


 ――それから……


 アルフレッドはそこで言葉を止め、口を小さく開け閉めして言いよどむ。


 物語のお約束であれば、これからどんな展開を描くべきかは分かっている。だがそれを自分から口にするのは恥ずかしくて、アルフレッドは羞恥で細かくぷるぷると震えた。


 それでも、目の前の愛する人の危機と、周囲の期待の眼差しから逃げることはできず、彼は緊張で引きつってしまいそうな喉を震わせて、その物語を紡いだ。


 ――わ、ワガママ王子はっ、令嬢を目覚めさせるためのキスをしました!


 自分が発したその言葉に導かれるように、アルフレッドはレティシアを抱き寄せ、そっと彼女の唇に口づけを落とす。


 ほんの一瞬触れるだけの優しくて控えめなキス。だがその瞬間、ぶわりと魔力の風が巻き上がり、レティシアとアルフレッドの髪を巻き上げた。


「っ……!?」


 その勢いに思わずアルフレッドは目を閉じる。そして彼が次に目を開いた時、腕の中のレティシアが瞼を持ち上げようとしていた。


「殿、下……?」


 まだ寝ぼけているような声でこちらを呼ぶレティシアを前にして、アルフレッドは手にしていた本を取り落とし、顔をぐしゃぐしゃに歪めながら彼女を抱きしめた。


「レティシア、よかった…よかったっ……!」


 人目をはばからずぼろぼろと目から涙をこぼしながら、アルフレッドは何度もしゃくり上げる。レティシアはきょとんと目を丸くしていたが、すぐに状況を理解したのか、彼の体を抱きしめ返した。


「ありがとうございます殿下……。まさかまた、生きてお会いできるなんて……!」


 レティシアもまた目を潤ませてしまいながら、再会の感動を分かち合う。だがアルフレッドはハッと正気に戻ると、レティシアを抱き起こして、正面から叱りつけるように声を張り上げた。


「ほ、本当にそうだぞっ、俺たちを逃がすために、自分が犠牲になるなんてっ……許さないからなぁっ!?」


 大粒の涙を流しながら、癇癪を起こす幼子のように言うアルフレッドに、レティシアは微笑ましさを覚えて穏やかな笑顔になってしまった。


「……ええ。申し訳ありませんでした、殿下」


「な、なんだその顔っ! 本当に分かってるのか!?」


 怒れば怒るほど幼く見えてしまうアルフレッドに、レティシアはくすくすと笑い続ける。そんな二人の和やかな空間を破ったのは、本を手にして近づいてきたソイルだった。


「あのね、王様、女王様! まだお話終わってないみたい!」


 嬉しそうな笑顔で差し出された本は、仄かに魔力を帯びたままだった。それを受け取ったアルフレッドは、直感的に理解する。


 ハッピーエンドで物語を終わらせるには、きっちりエンディングまで紡がなければならない。


 だけど、目を覚ましたレティシア本人の前で、彼女と自分の恋物語を言葉にするのははばかられて、アルフレッドは本を受け取ったままの姿勢で途方に暮れる。


「ええと、レティシア……」


 びしょ濡れの子犬のような困り果てた目で助けを求められ、レティシアは覚悟を決めることにした。


 自分の中の彼への気持ち。最初は弟を見るような微笑ましい目で彼を見ていたけれど、今、彼に向けている感情はそれだけではない。


「殿下」


「は、はいっ」


「工房でのプロポーズ、とても嬉しかったです。だから――」


 レティシアはそこで言葉を切ると、まだ戸惑っているアルフレッドへと顔を寄せ、その唇に軽くキスをした。


 一秒にも満たないその感触の後、レティシアが顔を離した頃になって、遅れてアルフレッドは顔面を真っ赤に染める。


「なっ、なっ……」


「……今のがプロポーズのお返事です、殿下」


 既に自分からは口づけしていたというのに、愛しい彼女からの口づけに、アルフレッドは言葉を失ってわなわなと震えることしかできない。


 そんな彼に、ソイルは本をのぞき込みながら明るく急かした。


「王様! お話、はやくはやくっ!」


「えっ、あ、ああ!」


 流されるような形でアルフレッドは物語の結末を口にする。


 ――二人の妖精王は、それからも仲睦まじく共にありました。


 そう言ってしまってから、彼女の意に反する物語ではなかったかと不安に駆られ、アルフレッドはちらりとレティシアの顔を窺う。


 そんな顔をしなくても、自信を持って愛されていると分かってくださればいいのに。


 最後の最後で情けない姿を見せる彼に苦笑しながら、レティシアは穏やかに付け加えた。


「――めでたし、めでたし」

ここまでお読みいただきありがとうございました!

今回で第一部の本編は完結です。

明日、エピローグを更新した後、第二部を開始していきます。

引き続きどうぞよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ