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第62話 旅路への餞

『わたくしは貴方にヒントを与えたわ。もうお忘れになってしまったの?』


 彼女が口にしたのは嫌味にも取れる台詞だったが、その声色はなぜか優しいものだった。まるで困難に立ち向かう幼子を見守る母のような感情を肌で感じ、アルフレッドは困惑しながらも考える。


 別世界のレティシアが見せてくれた、とある出来事の記憶。


 ユニコーン伝説の後日談。人間と妖精の間に生まれた子。その少女の顔は、どこかレティシアに似通っていた――ようにも見えた。


「もし、レティシアに妖精の血が流れていれば――いや、だが……」


 小妖精たちが囃し立てていた言葉を信じるならば、妖精の血を少しでも引く者は、清らかな水に身を浸せば回復するという。恐らくアーシェに使われたものと同じ毒で昏睡しているとすれば、妖精に限って言えば解毒の力があることは間違いない。


 しかし顔が似ているからといって、彼女の先祖に妖精がいるという確証はない。それに、目の前の彼女は、自分たちを陥れようとした人間だ。信用に値するのかという自信はない。


 もしレティシアに妖精の血が流れていると判断して、清らかな水に漬けたとして――もしその最中に容態が急変して、本当であれば薬を使えば救えるはずの命を取りこぼすことになってしまったら――


 そんな警戒と臆病さによってたどり着いた袋小路の思考の中で、アルフレッドは何も選び取れずに思い悩む。


 彼女を信じ、ここで妖精としての治療を受けさせるのがいいのか。


 いや、レティシアが妖精の血を引いているというのは彼女に誘導されただけの偽りなのかもしれない。


 それでも妖精であることに賭けたほうが可能性があるのでは。


 ……いや、もしかしたらそれを選ぼうとしているのは、自分とレティシアが引き離されることに抵抗したいだけのエゴなんじゃないか――


 ぐるぐると同じ所を回り続ける思考に閉じ込められ、アルフレッドは苦々しい顔で俯いてしまう。


 目の前の少女は、そんな彼に小さくため息を吐くと、歌うように言葉を紡いだ。


『もう一つ、ヒントを。レティシアはどうして、ユニコーン事件の時に消えかけたのでしょう? ……あなたが直接見た光景であれば、わたくしの言葉よりは信用できるのではなくて?』


 こちらを試すようなその問いかけに、アルフレッドはしばし彼女のことを見つめた後、ハッと、とあることに思い至る。


 ユニコーン事件において、自分たちは歴史に介入し、過去を改変した。だが『本来の過去』の時も『改変した幸せな過去』の時も、レティシアの存在が消えそうにはなっていなかった。


 唯一彼女に異変が起きたのは――『自分たちが歴史に介入していない時』だけだ。


 もし歴史に介入しないまま、異変を見過ごしたとすれば、アーシェとクエリアの物語は成立しなかっただろう。


 そうなった場合、物語に感銘を受けて人間と恋愛をした妖精は現れなかっただろうし、レティシアへと続く血脈が生まれることもなかっただろう。


『いかがかしら? 賭けてみるには十分な根拠ではなくて?』


 優雅な立ち姿でそう言う彼女に、アルフレッドは困惑で揺れる目を向ける。


「何故、俺たちを助けてくれるんだ。そんなことをして、お前に何の得があるんだ」


 レティシアに成り代わるという企みを抱いていたはずの人物に向けるには、当然すぎる疑問だ。アルフレッドにその疑問をぶつけられると、彼女はちょっと考えた後に答えた。


『後学のために、貴方たちの勝ち取ったハッピーエンドを観測してみたいと思ってしまったから、で理由としては十分かしら?』


 どこか寂しげに言う彼女に、アルフレッドは返す言葉を思いつけずに口をつぐむ。


 そんなアルフレッドに、彼女――もう一人のレティシアは、儚げに微笑んだようだった。


『ありがとう。『わたくし』を愛してくれて。さようなら。別の世界の愛しい貴方』


 その言葉を最後に、彼女の姿は徐々に薄れていった。アルフレッドは彼女を呼び止めるべきか何度も口を開け閉めしては迷い――最後に、告げるべき言葉を見つけて穏やかに言った。


「……さようなら。いつか貴女の旅も、報われますように」


 彼女の姿の名残が光の中へと消えていき、アルフレッドの目をくらましていた魔法石の輝きも収まって、彼の視界は現実へと戻ってくる。


 アルフレッドは、祈るように一度目を閉じた後、魔法石から発せられた光で驚いて硬直しているユリウスの腕から、レティシアを強引に受け取った。


「お父君! レティシアを!」


「なっ……!?」


 有無を言わさずレティシアを両腕でしっかりと抱え、アルフレッドは周囲を警戒しながら事態を見守っていた白馬――アーシェへと駆け寄る。


「アーシェ! 工房裏の泉まで!」


「……なるほど、お任せを! ヒヒン!」


 すぐに事情を察したのかアーシェは膝を折り、アルフレッドたちが背に乗りやすいように身をかがめる。


 そしてアルフレッドが苦心してレティシアとともに背の上に乗り、アーシェが走り出そうとしたその時、突然の出来事に硬直してしまっていたユリウスが慌てて駆け寄ってきた。


「待て!!」


 その呼びかけに応じ、アーシェは足を止める。馬上のアルフレッドと、地面に立つユリウスの目が合った。


 ユリウスは、真剣な眼差しでまっすぐにアルフレッドを射貫いて問いかける。


「勝算は、あるのか」


 その視線の鋭さに怯んでしまいそうになる心を押し隠し、アルフレッドは堂々と答えた。


「ああ、信じてくれ。レティシアは絶対に、俺が助けてみせる」


 真摯な感情がぶつかりあい、緊張で静まりかえる空間に緩く風が吹き抜ける。まばたき一つしないまま二人はにらみ合い――先に折れたのはユリウスのほうだった。


「……行け! その想いだけは信じてやる!」


 悔しそうな色を含んだその言葉に、アルフレッドは力強く頷いて返した。そして姿勢をしっかりと立て直し、アーシェへと高らかに声をかける。


「行くぞ!」


「落ちないでくださいねぇ! ヒヒン!」


 アーシェは嘶きを上げ、周囲の人々全てを一飛びに飛び越えて、土煙を上げながら神秘の森へと向かっていく。ユリウスは拳を振り上げると、その後ろ姿に声を張り上げた。


「任せたぞ、妖精王! もし約束を違えたら、死んでも許さないからな!!」

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