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第60話 神秘の森の守護者

 その瞬間、世界から切り取られていたかのように全ての音が妖精王に支配されていた空間に、突然、地響きにも似た音が近づいてきた。


 重装備を纏った騎馬の群れと、それに跨がる屈強な騎士たち。


 猛烈な勢いで突進してくる彼らに、今の今まで気付いていなかった村人たちは、ほとんど転ぶようにしてギリギリで道を空けた。


「ひぃぃぃ!」


「なんだ!? なんなんだ!?」


 騎馬隊はアルフレッドの前で止まると、隊列の先頭にいた騎士は驚きの表情を隠さずに、言葉を発した。


「私は王立騎士団、第三師団団長、オクト・ギュルドー! もしや貴方様は――」


 オクトが告げようとした名前を遮るように、アルフレッドは朗々と響く声で語りかけた。


「我は、神秘の森の妖精王。今、それ以外の名を名乗る気はない」


 もしここで自分が第三王子アルフレッドであると公言してしまえば、折角まとまりそうになっている状況がさらに複雑なものになりかねない。


 アルフレッドのその意図を知ってか知らずか、オクトは素直にそれに従い、引き下がることにしたようだった。


「かしこまりました。御意のままに」


 馬上で恭しく一礼すると、オクトはアルフレッドと正面から視線をぶつけた。


 その視線は敵対的なものではなく、むしろ何か策があるのなら乗ると暗に言っているように見えるほど協力的なものだった。


 アルフレッドはその視線を受け取って小さく頷くと、村人たちに囲まれてへたりこんでいるユギルをまっすぐに指さした。


「その者は、禁を犯して妖精を狩り、妖精王の騎馬に弓を引いた大罪人である。されど、人には法というものがあろう。我はそれを尊重したい」


「寛大なお言葉痛み入ります、妖精王。この者は王都に引っ立てて、しかるべき罰を受けさせましょう」


 芝居がかったやり取りを通してアルフレッドはユギルに状況を伝え、ユギルもそこに含まれたこの場を丸く収めるための意図を汲み取って、返事をする。


 しかし、まとまりかけた話に異議を唱える者が現れた。


 ユギルの周囲にいた村人たちだ。


「で、でも妖精王様!」


「こいつは私たちを裏切った裏切り者です!」


「俺たちで罰を与えたいです!」


 高まった怒りのやり場を失いそうになった村人たちは、口々に反対意見を述べる。


 その一方で、恐らくアルフレッドにしか聞こえない声で妖精たちも騒ぎ立てた。


「私たちも!」


「報いを受けさせたい!」


「人間が罰を与えるか」


「信じられない!」


 まずい。このままでは怒り狂った村人たちと妖精たちが、私刑を与えることになるかもしれない。


 しかし彼らの興奮を静める方法が咄嗟に思いつかず、アルフレッドは動きを止めることしかできない。


 その時、隊列の端にいた人物が魔法杖を掲げ、まばゆい閃光弾が朝焼けに赤く染まる空へと放たれた。


「うわぁ!?」


「何だ!?」


 その光に怯んで、村人たちは目を手で覆い、妖精たちは強風に煽られたようにくるくるときりもみ回転しながら散っていく。


「きゃあ」


「やだやだー」


「なにー?」


 混乱によって暴動を防いだその人物は、ぎこちない動きで馬を操って前に出てくると、緊張した面持ちで声を張り上げた。


「私はユリウス・イルソイール! 神秘の森の守護者にして、妖精に愛される一族の長である!」


 ユリウスの風貌は、どこにでもいる地味な男のものだったが、纏っている雰囲気は彼が高貴な身分であると村人が察するには十分だった。


「イルソイール……」


「聞いたことがある」


「うちの村にも以前いらっしゃった方だ」


「伯爵様だ」


 村人は囁きあい、彼が神秘の森と縁があるイルソイール伯爵であることを互いに確認する。


 その一方で、吹き飛ばされた小妖精たちは再び集まってきて、珍しく嫌そうな顔をしながら話し合っていた。


「うわぁ」


「こいつ来たの」


「やだなぁ」


「信用できるけど」


「嫌いだもん」


 小妖精がそんな顔をするのを見たことがなかったアルフレッドは、ぎょっと顔をしかめそうになったが、今の自分は偉大なる妖精王だと思い出して、すぐに表情を取り繕う。


 ユリウスは周囲が自分のことを十分に認知したのを確認した後、真摯な瞳で彼らを見回しながら、朗々と問いかけた。


「この罪人がしかるべき罰を受けることは、この私がイルソイールの名において約束する。村の皆も、妖精の方々もそれでいかがか!」


 小妖精たちは、相変わらず嫌そうな顔をしながらも、ひそひそと話し始める。


「仕方ないね」


「イルソイールの子だからね」


「仲間には優しいのが」


「僕たちだからね」


 彼らの中で結論が出たのか、突然小妖精は風に吹かれた綿毛のようにふっと宙へと消えていく。ユリウスはそれを確認した後、村人たちへと語りかけた。


「妖精の皆様は納得していただけたようです。村の皆はどうしますか」


 今までよりいくぶんか優しい表情で問いかけてきたユリウスに、村人達は面食らってしまいながらも、ぼそぼそと話し合い、代表である一人が彼に返事をした。


「俺たちは、伯爵様を信じます。どうかこの愚か者に、厳罰を与えてください」


「約束しよう。お前達の納得できる形で罰を与えることを」


 堂々と誠実な言葉で答えたユリウスに、村人たちは安堵し、へたりこんでいたユギルの身柄を騎士たちへと引き渡す。


 よかった。これで何とか丸く収まった。


 皆より一段高い位置で妖精王を演じ続けていたアルフレッドは、緊張から解き放たれて大きく息を吐く。


 しかしその時、彼の背後から悲痛なソイルの声が辺りに響き渡った。


「王様! 女王様が動かない! このままじゃ死んじゃうよぉ!」

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