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第59話 妖精王の采配

 彼の言葉に呼応したかのように朝日がじわじわと地平線からのぼり、最初の一筋の陽光がアルフレッドを後ろから照らす。


 村人たちはそのまばゆさで一歩たじろぎ、目を細めてアルフレッドに注目する。


 もしこれが芝居であるならば、この光を浴びているのは正義の側の存在だろう。少なくとも今の自分が、村人たちを圧倒する存在に見えていることは自覚できて、アルフレッドは緊張でごくりとつばを飲み込む。


 誂えたかのように舞台は整った。あとは自分が勇気を出して、妖精王を演じるだけだ。


 アルフレッドは腹の底からこみ上げてくる震えをなんとか押さえ込み、懐から本を取り出して、静かに語り始めた。


 ――昔々、神秘の森に、偉大なる妖精王がいました。


 温かな春の光に触れるような、眠りに落ちる直前の幼子に語りかけるような、優しい色をはらんだ魔力が本からあふれ出て、周囲を固める人々へと染み渡る。


 恐ろしさを含んだアーシェの魔力に打ち据えられていた人々は、突然与えられた穏やかな魔力に戸惑いながらもアルフレッドの声に聞き入り始める。


 ――妖精王は世界樹を守り、妖精たちとともに楽しく暮らしていました。


 その言葉に呼び寄せられたのか、どこからともなく小妖精たちが姿を現し、色とりどりの花々を身に纏いながら華やかに飛び回る。


 普通の人間が見ればその神秘的な情景に感動するであろう光景だったが、村人たちの半数近くはそれに恐怖の目を向けていた。


「妖精様……」


「まさか森で俺たちに攻撃してきたのは……」


「我々はあなた方を崇めてきたのにどうしてっ……」


「やられる前にやらなきゃ……」


 どうやら彼らの目にも見えるように妖精たちは飛び回っているようだが、そんな妖精たちを前にした村人たちは、一度は手放しかけた武器を再び握り始めた。


 まずい。彼らは完全に小妖精たちを敵として見ている。小妖精たちが彼らに負けるとは思わないが、ここでもし小妖精たちの反撃で虐殺でも起きてしまえば、取り返しのつかない事態になる。


 アルフレッドは焦りから顔が歪みそうになるのを、必死で平静を取り繕って考え込む。


 おそらく、すでに彼らは小妖精たちに危害を加えられたのだ。聞こえてくる言葉から察するに、元々は妖精を信仰していたのにそれを裏切られたという認識なのだろう。


 どうする。討伐対象として見られないためには、彼らを納得させる必要がある。だとすればそう――小妖精によって加えられた攻撃が、正当な怒りの結果であると示すことができればいいのではないか?


 アルフレッドは、村人たちの中で青ざめている狩人へと目を向ける。狩人はへたりこんだまま、愕然とした顔でアルフレッドを見上げていた。


 彼がアーシェを撃ったことがそもそもの原因だと証明すればいい。


 だが、混乱してこちらに毒矢を放っただけの民に罪を着せてもいいのか? ……いやそうか、本人の口に己の無実を語らせればいい。勘違いによって加えられた危害だと本人が示したのなら、こちらも許す理由にできるはずだ。


 内心で作戦を固めると、アルフレッドは本を構え直して、再び語り始めた。


 ――しかしある日、一人の人間が白馬の妖精に毒矢を射かけました。


 ――その上、森に押し掛けてきた人々は、妖精王の伴侶を連れ去ったのです。


 悲しそうな声色で語り聞かせるアルフレッドに、村人たちは困惑と罪悪感で顔を見合わせ、それからアルフレッドに視線を向けられているユギルへと目を向けた。


 ――あまりの蛮行に妖精王は怒り狂いましたが、王として彼らの言い分も聞くべきだと思いました。


 ――人々を追いかけてきた妖精王は、寛大に尋ねました。


 一度言葉を切ると、アルフレッドは己を奮い立たせるように深呼吸をして、己の思う威厳に溢れた声を作って重々しく問いかけた。


「我が配下である白馬の妖精を害したのは大罪である。されど、理由あってのことであれば、許すこともありえるだろう。さあ、罪人よ。誠のことを話すがいい」


「ひぃっ……」


 喉の奥で引きつったような悲鳴を小さく上げ、ユギルはアルフレッドの視線を受け止めた。


 全身ががくがくと震え、顔に冷や汗が伝う。今まさに断罪が行われようとしているのを理解し、それでもユギルは往生際悪く、尻餅をついたまま声を張り上げた。


「お、俺は、ラクシャ村のユギルだ! 俺は確かにそこのユニコーンを毒矢で撃った! でも俺は悪くない! あの時は本当に魔物だと思ったし、魔王の使い魔を殺せば、身を立てられると思ったんだよ! それの何が悪いんだ! 俺は、罪を犯してなんていないんだよぉ!」


 言い訳がましく紡がれた言葉に、アルフレッドは少しだけ眉根に皺を寄せた。


 今の自分は偉大で心の広い妖精王だ。功名心のためにアーシェが撃たれたという事実がいくら不快でも顔に出すべきではない。


 しかし、そんなアルフレッドの我慢とは裏腹に、周囲の小妖精たちは一斉に威嚇じみた羽音を発し始めた。


「悪い子」


「悪い子だ」


「本当はもっと大きな罪があるのに」


「嘘はついてないけど」


「隠してるんだ」


「卑怯者」


 口々に責める言葉を発しながら、小妖精たちはユギルに向かって敵意に満ちた魔力を放ち始める。その魔力の奔流がユギルを襲いそうになった寸前、アルフレッドは制止の声を上げることに成功した。


「待て!」


 アルフレッドの声に従い、小妖精たちはぴたりと動きを止める。念のために彼は、重ねて言葉を口に出した。


 ――小妖精たちは、妖精王の言葉で暴れるのを止めました。


 興奮状態にあった小妖精たちの羽音が静かなものになり、ひとまず危機的状況を脱したとアルフレッドはホッと息を吐く。


 しかし村人たちは、小妖精たちが行った威嚇にすっかり怯えてしまい、身を寄せ合って恐怖の視線を小さな彼らに向けていた。


 小妖精は口々にユギルを責めたというのに、彼のことを疑いの目で見ている者はいない。それに気づき、アルフレッドはとある事実に思い至った。


 そうか。彼らには小妖精の姿は見えていても、声までは聞こえていないのか。


 これ以上、認識のすれ違いが起きるのは得策ではない。アルフレッドは数秒考え込んだ後、小妖精たちへと語りかけた。


 ――ですが、妖精王は小妖精たちの言っていたことが気になりました。この狩人にはもっと大きな罪があると彼らは言っていたのです。


 ――罪あるものを見逃しては妖精王の沽券に関わります。


 ――妖精王は、小妖精たちに尋ねました。


「小妖精よ。お前たちの怒りの理由を聞かせておくれ。人々にも聞こえるように、嘘偽りや誤魔化しのない、本当のことを」


 芝居がかった言い方でアルフレッドは小妖精たちに問いかける。すると彼らは宝石同士が触れあうかのような響きでしばし話し合った後、声を揃えて返答した。


「この狩人は、もう何年もの間、私たちを狩ってきた。ひとりでいるところを狙って、私たちを仕留めて、外の人間に、売り飛ばしてきた。許されない。許されない」


 まるで何百人もの人間が一緒に話しているかのような音を立てて、小妖精たちはユギルの罪を告発する。それを受けたユギルは血の気が引いた顔で、それを見上げることしかできない。


 妖精の怒りが渦巻く空間で、最初に正気に戻ったのは周囲の村人たちだった。


「本当なのか、ユギル!」


「なんて罰当たりな!」


「妖精様を狩るだなんて!」


「処刑されるべきはお前のほうだ!」


 村人達はそれぞれ武器を手に持ちながら、ユギルへと距離を詰めていく。ユギルは腰を抜かしたまま、彼らから距離を取ろうと地面を這いずった。


「ひ、ひぃっ! なんで俺が責められるんだよ! 妖精なんて弱っちい存在、狩られても仕方ないだろ!? お、俺は論理的に行動しただけだっ!」


 狂乱が起きかけている状況を見ながら、アルフレッドは内心焦っていた。


 どうする。このまま村人に引き渡せば、この男は惨たらしく殺されるだろう。だが、妖精たちに引き渡したとしても、おそらくは同じ結末だ。


 俺たちを危機的状況に追いやった犯人には相応しい罰だと個人的には思うが、もしそうなった場合、いささかまずい状況になるのではないか。


 妖精がユギルを残酷に殺せば、妖精とは人に危害を加える討伐対象であると認識させる隙を与えることになる。人がユギルを残酷に殺せば、妖精の狂信者だと村以外の人々に思われてしまう可能性がある。


 危害を加えてきた側ではあるが、元々妖精たちを敬っているであろう村人たちが破滅するのは、こちらとしても本意ではない。


 だとすれば――


 その時、アルフレッドは狂乱する人々の向こう側から近づいてくる、馬に乗ったとある集団に気がついた。そしてその馬が纏っている紋章を視界に入れ、一つの妙案を思いつく。


 アルフレッドは本を構えて、その場の全員に聞こえるように朗々と宣言した。


 ――妖精王はこの罪人を、人の定めた法で裁かせることにしました。

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