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第58話 日の出間近

 ラクシャ村のはずれに、その処刑台は完成していた。


 処刑台といっても、人道に配慮したものではない。ただ、土を即席で積み上げて作った小さな山の上に、太い材木を一本突き立て、その周囲にたきぎとなる木片や枝を集めただけの簡素なものだ。


 そしてその処刑台の材木には、目をつぶって俯いているレティシアがぐったりと脱力して縛り付けられていた。


 処刑台の周りには、ラクシャ村だけではなく、近隣の村々から駆けつけられる人間は全て駆けつけ、処刑の時を今か今かと待ちわびている。彼らの中には魔王を探しに森に入った者もおり、彼らの持つ松明からは灰色の煙が空へと立ち上っていた。


 そんな彼らの前に立ちながら、ユギルは焦りで顔が歪みそうになるのを必死で堪えていた。


「あの時、俺を目撃したのはもう一人いたはず……そっちも始末しないといけないのに……」


 口の中だけでぶつぶつと呟く声は、処刑を前にして熱狂する村人たちには届かない。周囲の数人だけがユギルの様子がおかしいことに気付いていたが、魔王を処刑するために火をかける係という重圧で、緊張しているのだろうとその異変を見逃していた。


 空が白んでいき、あと数分も待てば陽光の最初の一筋が鋭く差し込むであろう時間になり、ユギルは周囲に促されて村人達へと歩み出た。


「皆、もうすぐ日が昇る! 魔物は太陽を嫌うのであれば、魔王もそれは同じのはず! さあ、太陽の輝きとともに魔王を滅ぼすぞ!」


「おおぉー!」


「うぉー!」


 点火のための松明を掲げて演説するユギルに、村人たちは歓喜の声を上げる。ユギルは処刑台へと向き直ると、手を震わせながら松明の火を積み上げられたたきぎへと近づけた。


「恨んでくれるなよ……俺だって死にたくないんだっ……」


 言い訳がましくぼそぼそと言いながら、ユギルは松明の炎でたきぎの根本をあぶり始める。そして炎が燃え移り、ぱちぱちと弾ける音が鳴り始めたその時――白銀の閃光がごとき存在が群衆を飛び越え、今まさに燃え上がりかけていたたきぎの上へと着地した。


「ひ、ひぃぃぃ!」


 突然目の前に巨大な獣の足が現れ、ユギルは思わず腰を抜かしてへたりこむ。その獣――麗しい角を持つユニコーン、アーシェは蹄を使って念入りに火種を踏み消した。


「なんだ!?」


「あれは……昔話にあるユニコーンか!?」


「どうしてここに!?」


 動揺する村人たちに答えることなく、アーシェの上に乗っていたアルフレッドとソイルは、馬体から飛び降りると拘束されたレティシアへと駆け寄っていく。


「レティシア! しっかりしろ、レティシア!」


「縄、私が切る! 王様下がって!」


 彼女を縛り付けていた縄を、ソイルは力尽くで引きちぎる。その途端、気を失った状態で無理矢理立った姿勢で縛られていたレティシアは、地面へと崩れ落ちた。


「レティシア!」


 それを受け止め、アルフレッドは彼女の体をそっと地面に横たえる。だが、いくら呼びかけてもレティシアの瞼が開くことはなく、ぐったりと脱力するばかりだった。


 唯一救いだったのは、彼女の胸が呼吸によって薄く上下していることだ。アルフレッドはそれを確認すると少しだけ安堵し、それから彼女を抱え上げて、この場から逃げ出す手段を考えようとする。


 だがその直前に、思わぬ行動を村人たちは取り始めた。


「化け物だ!」


「魔物め!」


「今ここで退治してやる!」


 歪んだ正義に燃えた言葉とともに、村人たちは石を投げ始める。石はまるで雨のようにアルフレッドたちへと降り注ぎ、一番手前にいたアーシェに数度命中して、傷を負わせた。


 アルフレッドは咄嗟に立ち上がると、自分たちのいる処刑台を取り囲むように魔法で防壁を張る。見えない壁によって石がこちらを傷つけることはなくなったが、それでも村人たちは投石をやめようとはしなかった。


 防壁に集中するためにアルフレッドは立ち上がり、両手をかざして魔力を周囲に張り巡らせる。そんな彼の隣にアーシェは駆け寄った。


「助かりました、殿下」


「長くは保たないぞ。それまでに俺たちは魔王じゃないって、こいつらに分からせないと……」


 そう言いながら、防壁を維持しているアルフレッドの額には脂汗が滲んでいた。ただでさえつい半日前に、ソイルの暴走を止めるために全力で防壁を張ったばかりなのだ。あれからろくに休んでいないので、魔力が回復していないのも当然だ。


 そんな追い詰められた表情をしているアルフレッドに気づき、腰を抜かしていたユギルはなんとか立ち上がると、周囲の村人たちを焚きつけた。


「いいぞその調子だ! 相手は怯んでる! 武器になる農具を持ってきて突き殺してしまえ!」


 彼の扇動に乗って、村人達のうちの数人が村に農具を取りに行く。アルフレッドは悔しさで顔を歪めた。


「くそっ……! せめてあいつらに、俺たちが妖精王だと示すことさえできれば……」


 歯がゆい思いで奥歯を噛みしめるアルフレッドに、アーシェは少し考えた後に目配せをする。


「殿下、役者が芝居をするのを見たことは?」


「え? 一度や二度ならあるが……」


「それで十分です。今から、役者になったつもりで堂々と、私に合わせてください」


 どういうことなのかアルフレッドが問い詰めるよりも先に、アーシェは数歩前に歩み出て、大きく息を吸って声を張り上げた。


「聞け、人の子たちよ!」


 その声には魔力が込められており、アルフレッドの張っていた防壁は内側からあっさりと破壊される。だが、村人達はその魔力に圧倒され、投石をする手を止めており、飛んでくる石がアルフレッドたちを襲うことはなかった。


 投げつけようとした石が手からこぼれて地面に落ち、村人たちは口をぽかんと開けたまま呆然とする。


 そんな一気に静まりかえった空間をさらに裂くほどの声量で、アーシェは芝居がかった台詞を朗々と口にした。


「ここにおわすのは魔王にあらず! 神秘の森の妖精を統べる、我らが妖精王!  信じられぬならば、今その力を見せつけようぞ!」


 そう言いながら、アーシェはアルフレッドが前に出られるように道を譲り、敬意に満ちた眼差しで厳かに告げた。


「王よ。どうか物語を紡ぎ、語ってください。ソイルに与えたように希望に満ち溢れた、貴方とレティシア様のための妖精王の物語を」

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