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第55話 レティシアの選択

 迫り来る火の手から逃れて森の奥へと向かったレティシアとアルフレッドは、世界樹のもとへと辿り着いていた。


 アルフレッドは背中に負っていたソイルを世界樹の根本に下ろし、レティシアはそんな彼女を世界樹へとそっと凭れかけさせる。すると、それまで苦しそうだったソイルの表情は、ほんの少し安らかなものへと変化した。


「……もしかして、世界樹のおかげでソイルが回復しているのか?」


「ソイルさんは世界樹の若木です。回復するには、ここにいるのが一番良いのかもしれません」


 もう一人の自分にその手がかりを囁かれたという事実は伏せて、レティシアは言う。アルフレッドは納得した様子で小さく頷くと、立ち上がって自分たちが来た方向を振り返った。


「問題はこれからどうするかだな」


「森にやってきたのは恐らく、暴走した村人の方々です。説得して分かっていただけるのが一番ですが、その前に魔王だと思っているわたくしたちに攻撃を仕掛けてくるでしょう」


「だろうな。話し合いは難しい。かといって武力で衝突した時に勝てるかといえば、それも可能性は低いわけだが……」


 アーシェを一撃で昏倒させたあの毒矢を持ち込まれているとしたら、自分たちにはまず勝ち目はない。


 成馬の体躯を持つ妖精のアーシェをもってしても一瞬で倒れてしまう毒ならば、毒矢が体のどこかをかすめただけで、ただの人間である自分たちが命を落とすのは想像に難くない。


 思考が行き止まりに辿り着いたような表情で、アルフレッドは悔しそうに息を吐いた。


「はぁ……。こんなことになるなら、もっと真面目に剣術や魔法の授業を受けておけばよかった」


「今言っても仕方がないことです。それに剣術や魔法を修めていたとしても、暴徒を無傷で鎮圧するのは難しいですわ」


「ああ。そうだな……」


 アルフレッドは暗い顔で同意し、それから己の中の憂鬱を飲み下して話に戻った。


「話し合いも抗戦も難しいとなると、そもそも接触した時点で負けだと思ったほうがいいだろうな」


「だとすればわたくしたちの取れる手段は、逃げることぐらいでしょうか」


「いや、逃げるにしても追っ手を振り切るだけの移動手段がない俺たちでは、捕まるのは時間の問題だろう。せめてアーシェさえ元気なら、森の外まで逃げ延びて、王都の連中に助けを求められただろうが……」


「アーシェさん……」


 仕方なく工房裏の泉に置き去りにしてしまったアーシェのことを思い浮かべ、レティシアの表情は曇る。今、あの泉がどうなっているかは分からないが、暴徒がこの森にいる時間が長引けば長引くほど、あの泉が見つかる可能性は高くなるだろう。


 時間はない。小妖精たちがいつまで我慢してくれるかも分からない。一刻も早く暴徒たちを森から追い出さなければ、そこに待っているのは国を巻き込んだ破滅の未来だ。


 もし小妖精が侵入者の人間を虐殺すれば、王国は小妖精を討伐しようとするだろう。敵意を向けられた小妖精はまた人を虐殺し、その上、国が自分たちを害したと知れば、その怒りは国へと向くことになるだろう。


 そうなればアルフレッドやソイルやアーシェだけではなく、自分の家族や友人、罪のない民たちまでもが妖精との抗争の余波という危険にさらされる。そんな未来を許すわけにはいかない。


 でもどうすれば……。


 レティシアは目を伏せて考え込み、ふと――とある考えが頭の中に浮かんだ。


 暴徒がこの森にいるのは、魔王という目的があるからだ。だとしたら、その目的を達成させてしまえば、速やかに彼らを森の外へと追い出せるのでは?


『ええ、そうよ。他の世界のわたくし。どうすればそれが為せるか、貴女には分かっているはず』


 耳の奥で歌うように囁く声に、レティシアの決意は固まっていく。


 たとえ、自分の命がここで消えるとしても、誰かを見捨てることなく大切な人を守れるのなら。


 たとえ、別世界の彼女の思い通りに動くことになるとしても、それで望んだ未来が手に入るのなら。


 わたくしは、それでいい。


 強い決意とともにレティシアは視線を上げ、アルフレッドへと声をかけようとする。


「殿下、わたくしは――」


 しかしその時、遙か遠くから騒がしい男たちの声と、松明の光が近づいてきた。


「この足跡……まだ新しいぞ!」


「きっと魔王のものだ!」


「捕まえて殺してしまえ!」


 血気盛んに大声を出す彼らを一瞥すると、レティシアは自分の首にかかっていた魔法石を外し、アルフレッドの首へとかけた。そして、世界樹の根本でぐったりとしているソイルを抱きかかえると、アルフレッドの腕の中へと強く押しつける。


「え? レティシア?」


 突然の行動に目を白黒させながらも、アルフレッドはソイルの体を受け取って抱える。レティシアは、そんなアルフレッドに正面から向き合うと、そっと包み込むように彼とソイルを抱擁した。


「……殿下、わたくしも殿下のことを愛しています。殿下と過ごした時間はとても楽しくて、貴方とであればわたくしは幸せな家族になれたと思います。だから、謝罪させてください。貴方と添い遂げることができなくてごめんなさい。この先の未来にわたくしはいないけれど、どうかお二人は健やかに――」


「レティシア、何をっ……!?」


 抱きしめられたという衝撃で固まっていたアルフレッドは、ようやく不穏な言葉を口にしているレティシアの違和感に気付き、彼女に抵抗しようとする。


 だがその寸前に、レティシアはアルフレッドを世界樹の根本へと突き飛ばした。同時に根本の空間が光り輝き、アルフレッドは間抜けに目を見開いたまま、ソイルを抱きかかえた姿勢で、その中へと吸い込まれていく。


 アルフレッドたちの姿が完全に消えた瞬間、世界樹の根本の光は掻き消え、それと引き換えになるように追っ手たちの声がさらに近づいてきた。


「今、何か光ったぞ!」


「こっちだ!」


「魔王を捕まえて殺せー!」


 レティシアはゆっくりと背筋を伸ばすと彼らに向き直り、覚悟に満ちた眼差しで、迫り来る追っ手たちへ堂々と言い放った。


「この森の王はわたくしです。連れていくなら、わたくしを連れていきなさい!」

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