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第6話 願いの叶え方

 よく分かっていないアルフレッドを放置して、レティシアは意気揚々と本棚の向こう側へと話しかける。


「ジュナス様、ヨウセイノコシカケとミカゲ草を持ってきてくださいませ」


 作戦に必要なものを集めようと指示を出すと、ジュナスは困り果てた声色で返事をした。


『ヨウセイノコシカケとミカゲ草、ですか? もしかして植物の名前でしょうか? 不勉強なもので、どうかどのようなものかお教えください』


「え?」


 今レティシアが提示した二つの植物は、どこにでも生えている一般的には雑草と呼ばれるものだ。普通に生きていれば、どちらかの名前ぐらいは聞く機会は必ずある。少なくとも植物であるかどうかを確認するような専門的なものではない。


 どういうことなのかとレティシアはきょとんと目を丸くした後、ハッと気がついた。


「そうか、わたくしたちの時代とは植物の呼び名が違うのね。どうしたら伝わるかしら……」


 小声で考え込むレティシアを見て、アルフレッドも彼女に何か作戦があるのだと察する。その二つの植物の見た目を伝えることができれば、現状を打開できる方法があるのだろう。


 アルフレッドは自分の胸元を撫でながら考え込んだ後、本当に心苦しいという顔で服の内ポケットから薄い本を取り出した。


 本といっても立派な表紙がついているわけではない。ただ紙の束を紐でまとめただけの簡素なものだ。


「……ごめん。帰ったらちゃんと直すから」


 囁くように謝罪の言葉を述べると、沈痛な面持ちでアルフレッドは本の一ページを破り取る。そして、同じくポケットに入っていたインクペンを添えてレティシアに差し出した。


「これを使って、絵で向こう側に伝えろ。植物の絵はお前のほうが上手いだろう」


「えっ」


 まるでどうでもいいものを渡すかのようなぶっきらぼうな言い方で、アルフレッドは告げる。しかしその手は後悔で細かく震えており、苦渋の決断の末に紙とペンを渡しているのだとレティシアにはすぐに分かった。


 レティシアはその葛藤を指摘しようと口を開きかけたが――ややあってその言葉を飲み込んで、素直に紙とペンを受け取った。


「ありがとうございますわ、殿下」


「……ん」


 ページを破り取ったあの薄い本はアルフレッドにとって大切なものなのだろう。そして、今の態度から察するに、彼はそのことを指摘されたくないのだ。


 レティシアには今の彼が、心の中の弱くて大切な部分を守ろうとしているように見えていた。デリカシーがない方である彼女が、それ以上踏み込むのを躊躇うぐらいには、今のアルフレッドの表情は悲痛な決意に満ちている。


 だが、隠し通すことを望んでいるのであれば、見て見ぬふりをするのも優しさというものだ。


 彼女はわざとそれに気づかないふりをして、流れるような手つきで紙に二つの植物の絵を描いた。研究の時にいつもスケッチを行っているので、まるで隣に見本があるものを描いたかのように精巧な絵があっという間にできあがる。


「ジュナス様、こちらを」


 完成した絵を、レティシアは声が聞こえてくる本棚の隙間へと差し込んだ。すると、紙は闇に溶けるように消えていき、ジュナスが驚く声が聞こえてきた。


『うわっ!? 世界樹の穴から紙が……!?』


 無事に絵が届いたことを確認し、レティシアは重々しくジュナスに告げた。


「ジュナス様、その二つの植物を持ってきてくださいませ。ただし乱暴に扱ってはいけません。根元の土ごと掘り起こして、傷つけないようにここまで持ってくるのです」


『は、はい! 分かりました! すぐに見つけて参ります!』


 慌ただしい足音が遠ざかっていき、レティシアは一安心という顔で息を吐く。そんな彼女からペンを返してもらいながら、アルフレッドは疑問を口にした。


「ミカゲ草というのは知らないが、ヨウセイノコシカケを利用するんだな? だがどうやって妖精の加護を与えるつもりだ? あれから調べたがヨウセイノコシカケにできるのは、身の危険を感じた時に妖精たちに助けを求めることだけなんだろう?」


「ええ。ですが、ヨウセイノコシカケは古くから魔法草としても扱われていますの。つまりその特性を無効化して、妖精の怒りを買わずに加工する方法があるというわけですわ」


 やけに幼い顔で得意げに言うレティシアに、アルフレッドはきょとんとした後、嫌な想像に思い至って口の端を引きつらせた。


「まさか……一時的に特性を無効化させて持ち帰らせ、大臣たちの前でだけ妖精の怒りを爆発させるつもりか?」


「そのまさかです。名案でしょう?」


 レティシアは、とても綺麗な笑顔でにっこりと笑う。アルフレッドは見るからにドン引きしているという表情で彼女を見た。


「えげつないことを考えるな。世が世なら、戦争のための兵器にされているかもしれないぞ」


「ふふ、それは大丈夫ですわ。妖精たちも馬鹿ではありませんもの。愚かな行為のために何度も利用されることはありませんわ、きっと」


 軽やかに答えるレティシアに、アルフレッドは呆れた目を向ける。奇しくもそれは彼女の父親が周囲の貴族たちから向けられている『どうしようもない変人研究者』を見る目と同じであったが、レティシアがそれに気づくことはなかった。


 アルフレッドは咳払いをして気を取り直す。


「ごほん、それはいいとしよう。で? 神秘の森からはどうやって脱出させるつもりだ? そもそもジュナスは森から出られなくて困っているんだぞ?」


「ええ、そうなのよね……。どうしたらいいのかしら」


「は?」


 眉尻を下げて憂いの息を吐き、全身で困っていますと表現するレティシアを、アルフレッドは思わずという様子で罵倒した。


「そこを考えずにジュナスに助言したのか!? お前は馬鹿か!?」


「むっ失礼ですわね。わたくしは、植物の分野では百年で一人と言われる秀才ですわよ?」


「それ以外がポンコツなんじゃないかって言ってるんだよ!」


「むー……」


 幼い仕草で唇を尖らせるレティシアを無視し、アルフレッドは首から提げていたネックレスに手をかけた。


「はぁ仕方ない……。これは渡したくなかったんだが……」


 革紐の先端に、複雑な紋様が刻まれた大粒の石がぶら下がっているだけの簡素な品であるそれに、レティシアは興味津々といった目を向ける。


「殿下、それは?」


「『導き石』だ。一般的に流通しているのは、道に迷わないように旅人が身につけるただのおまじないレベルのものだが、王家の宝物庫にあったこれは古くから伝わる純度が高いものでな。目的地を念じれば、そこへの道を教えてくれる優れものなんだよ」


 彼の説明を聞き、レティシアは合点がいったという顔で手を合わせた。


「なるほど、それを使ったから殿下は、迷うことなくわたくしのもとに駆けつけることができたのですね」


「そういうことだ。俺はお前の命の恩人なんだから、もっと感謝しろよ?」


「ふふ、もちろん感謝しておりますわ。あの時の殿下は格好良かったですもの」


「っ……!」


 何でもないような言い方で唐突に褒められ、アルフレッドの顔は一気に真っ赤になる。


「お、お前っ、そういうことを普通に言うなっ」


「まあ。本当のことなのに」


 微笑ましそうな顔でくすくすと笑うレティシアに、アルフレッドは一人で百面相をした後、チャンスを見つけたという表情で躊躇いがちに話を切り出した。


「あ、あの、レティシア!」


「はい、何でしょう?」


「俺、あの時お前に『雑草令嬢』とか酷い言葉をかけたけど、本当はっ――」

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