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第53話 小妖精との約束

「っ……!」


 その声の正体にすぐに思い至り、レティシアは息を呑む。


 もう一人のレティシア。別世界の自分自身が、こちら側に干渉してきているのだ。


 彼女の言葉に従って世界樹に行くことは、何かを企んでいるであろう彼女の思惑に乗る結果に繋がるのは目に見えている。だが、彼女の提案は、今の自分たちが取るべき選択として理にかなったものだ。


 迫り来る火の手からまずは森の奥の世界樹に逃れて、そこで準備を整えて襲撃者を迎え撃つ。少なくともこのまま何もせず襲撃者がやってくるのを待つよりは、勝算があるというものだろう。


 それに、彼女の言うとおり、世界樹に行けばソイルが回復するとしたら、その口車に乗らない手はない。


「……仕方ありません。今回は従います」


 口の中で呟くと、レティシアはアルフレッドに向き直った。


「殿下。まずは一旦、世界樹まで行って体勢を立て直しましょう。このままここで迎え撃つよりも、準備を整えるほうが現実的です」


「そうだな。いや、だが――」


 焦りから冷や汗をうっすらと額に浮かべているアルフレッドは、工房の前の広場で怒り狂って飛び回る小妖精たちに目を向ける。


「あの小妖精たちをこのままにするのはまずい。ここで俺たちが離脱して彼らを放置すれば、侵入してきた人間を殺し尽くしてしまうかもしれない」


 アルフレッドの言葉通り、小妖精たちの纏う魔力は、耐性のない一般人が浴びれば一瞬で昏倒しそうなほど濃いものになっている。ただ放出しているだけでもそうだというのに、もし明確な意思を持って侵入者を害そうものなら、おびただしい死人が出ることは想像に難くない。


「あいつらはあんなナリをしているが、神話に近い時代に生まれたアーシェを幼子扱いするほどには永く生きている存在だ。基本的に全ての生き物に好意的な態度を取るのが小妖精というものだが、ひとたび怒り狂ったら人間に止める手段はないと思ったほうがいい」


「殿下の知っている物語の中にも、小妖精を鎮めた話は無いのですか?」


「ああ。だが、怒り狂う直前に思いとどまらせた話なら存在する。必死で説得して懇願するという内容でしかないんだが……」


 役に立たない自分をふがいなく思っているのか、アルフレッドは顔を歪めて、遠目から小妖精たちの狂乱を見つめる。レティシアはそんな彼にちらりと視線を向けた後、勇気を持って小妖精たちの前に歩み出た。


「小妖精の皆さん、どうか聞いてください!」


 凜とした立ち姿で放たれたその声に、小妖精たちはぴたりと動きを止めると、一斉にレティシアへと振り向いた。


「なぁに?」


「今忙しいの」


「怒ってる!」


「てみじかにね?」


 彼らから感じる圧は普段の明るく無邪気なものではなく、全てを拒否するかのような冷たく恐ろしいものだった。


 高くそびえ立つ巨大な怪物に威圧されているがごときその圧力に、レティシアはごくりと唾を飲み込むと、さらに一歩踏み込んで声を張り上げる。


「わたくしたちが必ず、不埒者には罰を与えます! だから、皆さんは人を殺めないでください! お願いします!」


「俺からも頼む! 絶対になんとかするから、今は堪えてくれ!」


 アルフレッドもレティシアの隣へと歩み出て、小妖精へと立ち向かう。向けられる圧力に彼の体は細かく震えていたが、それでも膝を折ってへたり込むことはなく、堂々と立つレティシアの横に、彼は足を踏ん張って並び立っていた。


 小妖精たちはそんな二人の顔を、無表情でじっと見つめた後、淡々とした口調で彼らに問いかける。


「それは妖精王としての言葉?」


「僕たちの王様の言葉?」


「妖精王は私たちを裏切らないよね?」


「裏切ったら許さないよ?」


 こちらを見つめてくる小妖精たちの群れを前にして、レティシアたちは目の前にいる存在が人智を超えた、本来は関わってはいけない存在だと直感する。


 だが今は逃げることも目をそらすことすら許されない。レティシアとアルフレッドは、背筋をさらに正して、堂々と宣言した。


「はい、わたくしたちは妖精王として、あなた方と約束したいのです」


「絶対にお前たちを裏切らないと誓う。だから、今は暴走しないでくれ。頼む」


 強い決意とともに紡がれた言葉を、小妖精たちは沈黙したまま受け取った。


 長い、長い、静寂。


 風が止み、枝葉が揺れる音すらしない空間で、それでもレティシアとアルフレッドは小妖精から目をそらさずに立ち続ける。


 そして永遠にも思える静けさの後――小妖精たちは突然、いつも通りの無邪気な雰囲気を取り戻した。


「王様と女王様の仰せなら」


「仕方ないね」


「でもちょっと待つだけだからね」


「我慢できなくなったら」


「どっかーーんってしちゃうかも!」


 小妖精たちはくすくすと笑いながら、まるでつむじ風のようにどこかへと消えていく。レティシアとアルフレッドは緊張した面持ちでそれを見送った後、安堵の息を吐いた。


「これでひとまずは安心か……」


「ええ。ですが、いつまでも時間稼ぎができるとは思えません。急ぎましょう!」


 レティシアとアルフレッドはうなずき合うと、ソイルを背負って世界樹へと向かい始めた。

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