第52話 袋小路
驚きと呆れから、レティシアは口元に手を添えて目を丸くし、アルフレッドは居心地悪そうに視線をそらす。
彼の顔は耳まで真っ赤に染まっており、しかめっ面で細かくぷるぷると震えている。どうやら手紙によって指摘された内容もそうだが、それを隠していたという事実を知られてしまったことへの恥ずかしさで、言い訳すらも口に出来ないようだと察し、レティシアは助け船を出すことにした。
「殿下、あまり気になさらないで。お母様はきっと殿下を応援してくださっただけですわ。確かに曖昧な関係のまま、いずれ結婚すると思い込んでいらっしゃるのであればそれは卑怯だと思いますが、殿下はそんなおつもりではないのでしょう?」
「うっ」
レティシアの言葉に、アルフレッドは痛いところを突かれたという顔でうめき声を上げ、彼女に向き直って反論しようとした。
「ち、違うぞ、レティシア。確かに俺は、この森に来た直後はそう思っていなくもなかったが、今の俺はそんな卑怯な考えは持っていなくて、その……お前のことをどう思ってるから、ここまで追いかけてきたのかとか、自分でも考えたりしていて、だからええと……」
話せば話すほどボロが出て、アルフレッドは内心をそのまま言葉にしてしまう。自分でもそれに気づいているのか、彼は目を泳がせて必死に考え込み、それから大きく深呼吸をして覚悟を決めた顔つきになった。
「レティシア、聞いて欲しいことがあるんだ」
「はい。何でしょう、殿下?」
これから向けられる感情の正体を察したレティシアは、穏やかにアルフレッドを促す。見る者全てを包み込むようなその視線を受け、彼はほんの少しだけ平静を取り戻したようだった。
アルフレッドはレティシアに正面から向き合い、真摯な眼差しで彼女を射貫いた。
「お前に最初に会った時は、なんて無礼な奴なんだと思った。でも、俺の幼稚な嫌がらせを軽々と乗り越えて、こちらを心配までしてみせるお前を見て……俺は多分、お前に憧れたんだと思う」
苦々しそうに少しだけ視線を俯かせ、アルフレッドは続ける。
「俺を打ち負かしてきた相手に憧れただなんて認めたくなくて、あんな風に婚約破棄の言葉をぶつけてしまって……後になってお前が追放されたと聞いて頭が真っ白になって、気がついたらお前を追いかけるために必死になっていたんだ」
「殿下……」
「森に来て、一緒に過ごすうちに段々その気持ちが飲み込めてきて、お前のことが大切になっていった。さっきお前は、この森でずっと俺と過ごしたいと言っていたが、俺も同じ気持ちだ。だから、そのっ……」
心の内の全てを吐き出し終わり、アルフレッドはとうとう決定的な告白をしようと、レティシアの手を取って、口を動かしかける。
「レティシア、俺はお前のことが好きだ! 俺と、け、結婚っ……!」
しかし、アルフレッドが言葉を紡ごうとしたその時――激しい音と共に工房のドアが開かれ、慌てふためいた様子のソイルが駆け込んできた。
「王様、女王様、たいへん! 森が燃えてる!」
「……へ?」
「なんですって!?」
突然の出来事でフリーズするアルフレッドを置き去りに、レティシアは急いで工房の外へと飛び出していく。出鼻をくじかれてしまった形になったアルフレッドは、そのまま数秒固まっていたが、すぐに気を取り直すと、レティシアを追いかけて開け放たれたドアへと向かった。
工房の外に出た二人が目にしたのは、すっかり日が暮れたはずの遠くの空が、うっすらと炎の色に照らされている光景だった。
煙こそ流れてきていないが、焦げ臭い匂いは遙か彼方から漂ってきており、火の手のすさまじさを表している。
「どうしてこんなことに……」
途方に暮れた声でレティシアが呟くと、手のひらサイズの小妖精たちが、苛烈な魔力を纏って三人の周囲に現れた。
「あいつら! 人間!」
「たくさん来てる!」
「人間許せない!」
「森に火を放った!」
「私たちを退治するって!」
「むくいをうけろ!」
その小さな体には似つかわしくない高濃度の魔力を纏いながら、小妖精たちは口々に怒りの言葉を吐き出す。
レティシアはアルフレッドに目配せをした。
「殿下、恐らくこれは――」
「ああ。あの狩人が、他の人間を連れてきたんだろう。……魔王を討伐するために」
苦々しい顔のアルフレッドに、レティシアは深刻な面持ちで小さく頷く。
考え得る限り最悪の事態が目の前に迫っている。このまま何もしなければ、自分たちが殺されるどころか、この森の妖精全てを怒らせる結果になるだろう。
妖精は人とは違う理を持つ超常的な存在。その怒りを買えば、国そのものの存続すら危うくなるかもしれない。
じりじりと首の後ろを焼くような焦りに苛まれ、二人はしかめっ面のまま考え込むことしかできない。
その時――二人の隣で不安そうに立っていたソイルの全身から、唐突に全ての力が抜けて、彼女の体はゆっくりと傾き始めた。
「あ、れ……?」
「ソイル!」
「ソイルさん!」
危うく地面に倒れそうになったところをアルフレッドに抱き留められ、ソイルは彼の腕の中で浅く息をする。
「うう……体が、重くて、熱い……?」
譫言のように呟くソイルの肌のところどころは、炎にあぶられた樹木のように、ぱちぱちと音を立てて爆ぜていた。その理由を察し、アルフレッドは顔色を変えて、炎によって仄かに照らされた遙か遠くの空を睨み付ける。
「まさか、森が燃えている影響か……!?」
「そんな……!」
レティシアもまた顔を青ざめさせて、そちらに目を向ける。炎は徐々にこちらへと向かっているようで、漂ってくる焦げ臭い風に炎の熱が乗り始めていた。
このままではまずい。でも、どうしたら――
袋小路に陥りそうになるレティシアの耳の奥で、己と同じ声が囁く。
『――世界樹の若木は森と繋がっている。助けたいのなら、世界樹までおいでなさい』




