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第51話 過去からの手紙

「そ、そうなのですね! ソイルさん、わたくしは少し行ってきますが……ここはお任せしてもよろしいですか?」


「うん、まかせて! 私、白い子のこと見てる!」


 まばゆい笑顔のソイルに見送られ、レティシアとアルフレッドは気まずい空気を感じながら工房へと向かっていった。


「なんというか、すまない」


「い、いえ……」


 交わされる会話もぎこちなく、互いに目を合わせることもできない。


 そんな雰囲気のまま二人は工房の中へと入り、アルフレッドが見つけたという手がかりがありそうな棚の前へと辿り着いた頃になって、ようやく気を取り直した。


「レティシア、これがさっき話した棚なんだが」


「まぁ、随分と小さくて可愛い棚ですのね」


 レティシアの感想通りその棚はかなり小型なもので、高さは彼女の膝ほどまでしかない。中は二段に分けられており、その両方にぎっしりと使用感に溢れた本や手帳が詰め込まれている。


 ページの乱れや間に挟まれているメモが飛び出ていることから察するに、誰かが研究や記録のために記した紙を束ねて本の形にしたものだろう。


 工房の片隅に目立たないように配置されていたことと、本棚から本を取り出せないように鎖と魔法によって封がされていることからも、不用意に他人に読ませたいものではないという意思もひしひしと伝わってきた。


 アルフレッドは、本棚を縛っている鎖についた錠前を持ち上げてレティシアへと見せた。


「ここに刻まれているのは確か、イルソイール家の紋章だろう? この棚は、先代の妖精王であるお前の母君が使っていたものなんじゃないかと思うんだ」


「なるほど。確かにその通りなら、ここに『魔王』についての情報があるかもしれませんわね」


「ああ。解錠に使えそうなものといえば、お前の持っている魔法石ぐらいだが……とりあえず試してくれないか?」


 レティシアは一つ頷くと、魔法石を手に持って錠前へと近づけた。すると、たったそれだけで錠前はあっさりと開き、ゴトンと重い音を立てて床に落ちた。


 拍子抜けするほど簡単な解錠方法に面食らいながら、レティシアはさっそく棚の中身へと手を伸ばす。


 最初に手に取った分厚い本は、フィリアの残した研究日誌のようだった。


「大切なものが入っていそうな棚なのに、こんなに単純な方法で解錠できるなんて、お母様ったら少々警備が甘いのではないかしら……」


 嘆かわしいという顔で憂いの息を吐くレティシアに、アルフレッドもまた棚の中の本や書類を手に取りながら答える。


「どうだろうな。もしかしたら、お前がいつか解錠するのを分かっていたのかもしれないぞ? 何しろ俺たちは、世界樹の中で彼女と出会っているんだから――」


 そこまで言ったところでアルフレッドは、しまったという顔で口を閉ざした。


 レティシアは、死別した母との再会と別れを経験したばかりだ。その時のことを不用意に話題に出すことが、彼女の負った傷を抉る結果を招くことぐらいアルフレッドにも分かる。


 もしかしたら今の言い方は、彼女の内心の傷つきやすい部分を、土足で踏み荒らすような行為だったのでは?


 そう思い至ったアルフレッドは、叱られるのを待つ子犬のようにレティシアの様子を恐る恐る窺う。


 一方、レティシアにはそんな彼の感情の変化が手に取るように伝わっており、彼女は口元に手を当てて、微笑ましさから笑い出してしまいそうなのを堪えた。


「……ふふっ、もしそうならなんだか素敵ですわね。お母様が埋めた宝物を掘り当てたみたいで」


 レティシアの返事を聞いて、アルフレッドはぱあっと明るい顔になると、気を取り直すようにわざとらしく明るい声を出した。


「あ、ああ。あの厳しくて恐ろしいフィリア先生の恥ずかしい手紙や日記が残っているなら、是非読んでみたいしな!」


「まあ、殿下ったら。お母様はそんなに厳しい先生だったんですの?」


「厳しいなんてものじゃない! あの人は――」


 そう言いながらアルフレッドはとある本を開き――そこに二つ折りで挟まれていた手紙らしきものの存在に気がついた。


「ん? これは……。――っ!?」


 アルフレッドは手紙の中身に目を通すと、焦りと羞恥が入り交じった顔で硬直した。すぐにそれに気付いたレティシアは、不思議そうに彼に声をかける。


「殿下? どうかされたんですの?」


「い、いや、何でもない! 気にしないでくれ! ははは……」


 何かを誤魔化しながらアルフレッドはその手紙を自分の懐へと慌ててしまい込む。その反応に、何か不都合なものを見つけたのだとレティシアは察したが、情けをかけるつもりでその手紙の話題を一旦流すことにした。


 もしあれが状況を打開するのに必要なものであれば、きっと彼は羞恥を抑えて、内容を見せてくれるはずだ。


 そんな信頼を密かに向けながらレティシアは次の本を開き、まだ羞恥で頬を赤く染めながらアルフレッドも手がかりを探す作業に戻る。


 やがて日が落ち、虫の声が響き始めた頃、ようやく二人は魔王についてフィリアが書き残した記述を発見した。


「これによると、森の異変によって活性化して人を害してしまった妖精は魔物と同一視されて、『神秘の森の怪物』と呼ばれているらしいですわ。そして、その怪物を統べる者を、近隣の村では魔王と呼んでいるようです」


「なるほどな……。ソイルを鎮めた俺たちのことが、あの狩人の目には怪物を使役する魔王に見えてしまったということか」


 内心、予想していた通りの状況であると再確認し、アルフレッドは深刻な面持ちで考え込む。


「このまま魔王として恐れられるだけで済めばいいが、もし彼らが俺たちを討伐しようとしてくるのであれば何か対策を打つ必要が出てくるだろうな……。だが、具体的にどう動けばいいものか……」


 魔王について書かれた箇所をにらみつけながら思い悩むアルフレッドの横顔を、レティシアは迷いで揺れる眼差しで見つめていた。


 もう一人の自分が言っていた『大切な人』とは、きっとアルフレッドのことだ。


 そして、狩人を殺させることによって未来を変えようとしたのだとすれば――あの時、逃げ去っていった狩人が自分の村に生きて戻ってしまったことが、大きな転換点となったのだろう。


 例えば、そう。狩人が悪い魔王を森で見たと周囲に伝えて、魔王を打ち倒すための討伐が行われることになった、だとか。


 でも、もしそれが本当なら、自分はどうすればいいのか。


 力があるわけでも早く走れるわけでもない。魔法は一通り使えるが、特別に攻撃魔法の訓練を受けたことがあるわけでもない自分が、どうやってアルフレッドを守ればいいのか。


 もしかしたらあの時、もう一人の自分の提案を呑んでいたほうがよかったのか。


 迷いのままに握り込んだ魔法石がじんわりと熱を持つ。


『だから言ったのに』


 魔法石の向こう側の自分がそう言っているような気がして、レティシアはさらにきつく魔法石を握り込んだ。


「……いいえ、わたくしは負けません」


 ほとんど聞こえないほどの彼女の呟きに気づき、アルフレッドは顔を上げる。


「レティシア? どうかしたのか?」


「い、いえ! それより殿下、先ほど手紙か何かを見つけていらっしゃったようですが、あれは何だったのですか?」


「え」


 話を逸らすために申し訳ないとは思いながら、レティシアが手紙についての話題を振ると、アルフレッドは予想以上に動揺し始めた。


「えーっとぉ……これは関係ないというかぁ……」


 アルフレッドは懐を押さえながらじりじりと後ずさっていき、すぐに後ろにあった作業台にぶつかる。


「殿下、あまり見せたくないものなら無理に見せていただかなくても……」


「い、いや違う! 見られて恥ずかしいものじゃない! いかがわしいものじゃないんだ!」


「まあ……」


 まるで破廉恥な絵や本が見つかってしまったかのような焦り方に、レティシアはどう反応すればいいか分からず困り果てる。その困惑の視線すらも自分を追い詰めているように感じたのか、アルフレッドは大慌てで手紙を懐から出すと、レティシアに突きつけてきた。


「本当に! 何でも無いんだ! ほら!」


 手渡されるままにレティシアはそれを受け取ると、流麗な文字で綴られたその内容に目を通した。




 可愛いわたくしの生徒へ


 わたくしの愛娘と本気で添い遂げたいのなら、はっきりとした言葉で愛を伝えなさい。いつものように曖昧な言い訳ばかり連ねて、成り行きに任せようとするのはあの子の母としても、貴方の教師を任された者としても許しません。励むように。


 フィリア・イルソイール




「まあ、お母様ったら」

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