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第50話 王様と女王様

 工房までの道を案内するレティシアに、ソイルはアーシェを抱え上げながらついて行き、アルフレッドは一番後ろで、彼女たちに害をなす存在が現れないか警戒しながら歩いていった。


 成人男性三人分以上の体格を誇るアーシェを、小柄なソイルは軽々と持ち上げている。だが、単純な腕力として持ち上げることができるのと、バランスを取って落とさないようにするのは別問題らしく、彼女の足下はおぼつかない。


「ソイルさん、転ばないように気をつけてくださいね」


「うん、任せておいて-!」


 レティシアの言葉にソイルは明るく返したが、彼女はアルフレッドと不安そうな視線を交わした。


「アーシェさんの容態は心配ですが……できるだけ安全に運べる速度で進みましょうか」


「ああ。見ているだけで危なっかしいからな……」


「んー?」


 ヒヤヒヤした目を向けられているとも知らず、ソイルは笑顔で首をかしげる。


 そのまま慎重に彼らは森の中を進み、ようやく工房にたどり着いた時には、既に日は傾きかけていた。


 小妖精たちの誘導に従い、工房裏の泉の中へとアーシェの体を下ろす。すると、泉は不可思議な色合いで仄かに輝き、アーシェに刺さっていた矢は自然と抜け落ちていた。


「これで大丈夫!」


「アーシェは半分だけが妖精だけど」


「妖精の血をちょっとでも引いてたら」


「きれいな水で元通り!」


 小妖精たちは宝石が触れ合うような声で笑いながら周囲に散っていき、おのおのでくつろぎ始めた。それを見届けて、レティシアとアルフレッドはようやく安堵の息を吐く。


「とりあえず、これで様子を見るしかないか」


「ええ、わたくしたちにできることは、他に思いつきませんし……」


 そう言いながら、レティシアの脳裏に浮かんでいたのは、魔法石の輝きの中で邂逅したもう一人の自分の言葉だった。


 大切な人を取り戻そうとしている。最悪の悲劇を回避するために干渉を行った。


 彼女が言っていたことが本当ならば、このままでは自分はその悲劇に直面することになるのではないか。そして恐らくそれは、大切な人の喪失を伴う悲劇で――


 レティシアは考え込みながら、ちらりとアルフレッドの横顔を伺う。アルフレッドは、深刻な面持ちで泉の中のアーシェを見つめて黙り込んでいたが――ふと、レティシアの視線に気づいて、こちらに顔を向けてきた。


「ん? レティシア、大丈夫か? 顔色が悪いが……」


 即座に彼女の異変に気づいたアルフレッドは、心の底から心配であるという顔で尋ねてくる。レティシアは、もう一人の自分自身について相談すべきか一瞬だけ逡巡し、すぐに誤魔化すように視線をそらして答えた。


「い、いえ、まさか助けた狩人にアーシェさんが撃たれるだなんて、と思いまして……」


「……そうだな。人間と妖精は本来相容れないものだ。強大な力に混乱して攻撃を加えてきたとしてもおかしくはない。だが気になるのは、俺たちを『魔王』と呼んでいたことだが――」


 アルフレッドは顎に指を当てて、真剣に考え込む。話が逸れたことにホッとしながら、レティシアは私見を述べた。


「身なりからして、正規の騎士や冒険者のようではありませんでしたわ。恐らくは近隣の村の住民かと」


「……となると、魔王というのはその村に伝わる民間伝承の可能性が高いか。少なくとも、俺が幼い頃に読んでいた図書館に収められた有名な物語の中にはそんなものはなかったからな」


 その時、腕を組んで考え込むアルフレッドの頭に、小妖精たちが数人着地した。


「魔王のお話?」


「前の妖精王様が調べてたね」


「魔王なんてこの森にはいないのに!」


「へんなのー!」


「ふふふ!」


 くすくすと笑い合いながら、踊るように小妖精たちはアルフレッドの周囲を飛び回る。アルフレッドはそんな彼らを指であやしながら、レティシアに向き直った。


「そういうことであれば、工房の本に手がかりがないか、ひとまず俺が調べてくる。レティシアはここでアーシェの様子を見ていてくれ」


「ええ、分かりましたわ。その……お気をつけて」


 もう一人の自分が言っていた不吉な言葉を思い出し、レティシアは思わずアルフレッドに念押ししてしまう。すると彼は苦笑いをしながら、優しい顔で返してきた。


「はは、大げさだな。ただ工房に行くだけだぞ。レティシアこそ妖精たちに酷い悪戯をされないように気をつけてくれよ? ソイルも、レティシアに迷惑かけたりするんじゃないぞ?」


「うん? うん! 迷惑かけない!」


 よく分からないまま返事をしている様子のソイルの頭を軽く撫でると、アルフレッドは工房へと戻っていく。ソイルは撫でられた頭を不思議そうに手で押さえながら、レティシアにじゃれついてきた。


「ねぇ王様、あっちの王様はどうしたの?」


「調べ物をしに工房に向かわれたのですわ。わたくしたちはここでアーシェさんを見守りましょう」


「んー? そうなんだ! 王様と王様って色々考えてるんだね!」


 大輪の花のような明るい笑顔でそう言うソイルに、レティシアは少し困った顔になってしまった。


 どうやらソイルの中で自分たちは両方とも『王様』であり、紛らわしい言い方になっていることに気づいてすらいないのだろう。


 どうしたものかと考え込むレティシアの顔を、ソイルは真下から覗き込む。


「王様ー?」


「……いえ、やはり二人とも『王様』と呼ばれると、ややこしいと思いまして」


「あっちの王様もおんなじこと言ってた! だからソイルも名前がほしいって言ったの!」


 元気な笑顔で力強く言うソイルに、レティシアは少しだけ癒やされて、くすっと笑いがこぼれてしまう。ソイルはその笑顔を見てさらに上機嫌になったのか、予想外の提案をしてきた。


「今度はソイルが名前をあげようか? 王様たちにぴったりな名前!」


「え?」


 きょとんと目を丸くするレティシアが、その言葉の意味を問い返すよりも先に、小妖精たちはまるで雪崩のようにこちらに殺到してきた。


「いい考え!」


「私たちも手伝うね」


「何がいいかなー」


「『王様』と『女王様』?」


「いいかも!」


「二人は『つがい』だもん!」


「ふたつでひとつ!」


 好き勝手に盛り上がる小妖精たちの発言の中から、聞き捨てならない言葉を聞き取って、レティシアは顔を赤く染めた。


「つ、つがいっ……!?」


 レティシアは羞恥と混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも、小妖精たちに抗議の声を上げようとした。


「ち、違うのです皆さん! わたくしとアルフレッド殿下は、まだそのような関係では……!」


 きゃあきゃあと盛り上がっていた小妖精たちはぴたりと止まり、好奇心で目を輝かせながらレティシアへと詰め寄ってくる。


「じゃあどういう関係なの?」


「とっても仲良しに見える!」


「女王様は王様をどう思ってるの?」


「どうって……」


 レティシアは口ごもった後、うろうろと視線を彷徨わせる。だが、小妖精とソイルからの期待の眼差しから逃げることはできず、観念して内心をそのまま口にした。


「その……幼くて素直ではないけれど、とても深い優しさを持った方だと思っていますわ。事件が起きるたびにそれを実感していますし、殿下と一緒に過ごす森での日々は――こんなことを思ってはきっといけないのでしょうけど、いつまでも殿下とこうしていられたら素敵だなと思うくらいで……」


 ぼそぼそと言うレティシアの言葉を、静まりかえった小妖精たちは最後まで聞き終わり――突然、爆発するようにぶわりと濃い魔力を纏うと、興奮しきった様子でお祭り騒ぎを始めた。


「恋だ!」


「愛だね!」


「僕たち、ヒトの恋が大好き!」


「ふわふわできらきら!」


「祝福するね!」


「半分よりも遠い子!」


「お幸せにー!」


 どんな都会のお祭りでも敵わないほどの光と音を立てながら、小妖精たちは上機嫌に飛び回る。レティシアはそれを宥めようと半分だけ手を上げたまま、おろおろとしてしまっていた。


 その時、レティシアの後ろから、気まずそうな咳払いが一つ聞こえてきた。


「……ごほん!」


「えっ、殿下……!?」


 どうやら途中から全て聞いていたらしいアルフレッドは、顔を仄かに赤く染めながら、レティシアから目をそらしていた。レティシアはさらに顔を真っ赤にさせると、大慌てで弁明を始める。


「で、殿下、今のはええと……」


「いや、大丈夫だ。俺は立ち聞きなんてしてないっ。不本意な形で想いを聞くのは誠実じゃないからなっ。もっとちゃんとしたタイミングで……舞台も整えて……」


 ぶつぶつと拗らせたことを呟くアルフレッドに、レティシアは段々冷静になっていく。やがてハッと正気に戻ったアルフレッドは、レティシアに向き直った。


「そ、そんなことより! 手がかりになりそうな本棚があったんだが、封印がされていてな! 一緒に来てくれないか?」

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