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第49話 命の選別

 真剣な表情で提案してくる彼女を前にして、レティシアは――毅然とした態度でそれを拒絶した。


「お断り致します」


「え?」


「貴女は、救うべき命と見捨てるべき命を選別した。わたくしはそれを良しとしたくはありません」


 神の前で誓いを述べるように堂々と、レティシアは返答する。目の前の彼女は忌々しそうに顔を歪めた。


「何を言っているのですか? 子供じみた綺麗事を言っている場合ではないのは、貴女も分かるでしょう? ちっぽけな善性を優先した結果、何が起こるか――」


「……それに、命を切り捨てることで大切な者を守るという望みを叶えた時、貴女はわたくしに成り代わるつもりではなくて?」


 確信を込めた声色でレティシアは彼女を問い詰める。彼女はぴしっと石のように固まった後、硬直したままの表情で平坦に尋ねた。


「……なぜ、そう思うのですか?」


「もしわたくしが貴女と同じ立場なら、そう望んでしまうと思ったからです。わたくしは聖人でもなければ、そこで自分を律することができるほどの強さも持ち合わせてはいませんもの」


 そう答えるレティシアの瞳には、猜疑の光が揺らめきつつあった。そんな剣呑な眼差しを目の前の彼女は受け止め、ふっと悪意を込めて笑う。


「……同じ人間同士、考えることが同じなのは当然ということですか。自分のことながら厄介な方で扱いに困ります」


 独り言のように言う彼女に、レティシアは答えないまま警戒の視線を向け続ける。すると目の前の彼女は、軽くため息を吐いた。


「いいでしょう。貴女の協力を得ることは諦めます。ですが、わたくしはわたくしの望む未来を諦めるつもりはありません。……きっと貴女は後悔することになりますわ。今、わたくしの手を取っておけばよかったと思うぐらいにはね」


「そうはなりませんよ。わたくしは誰の命も諦めるつもりはありませんから」


 元は同一人物である二人の間に、一触即発の空気が立ちこめる。やがて目の前の彼女は、レティシアから視線をそらすと、どこかへと歩き去ろうと踵を返した。


「一つ忠告してさしあげます。貴女は既に『本来の歴史』から逸脱した存在。言動は慎重にしなければ、ねじ曲げた未来の代償として破滅の運命を辿ることになるわ。特に、別の世界のわたくしと接触したということは隠したほうが身のためですよ?」


 彼女から投げかけられたその言葉に、レティシアは一瞬驚いた後、彼女の後ろ姿に向かって穏やかに微笑んだ。


「ありがとうございます、別の世界のわたくし。どんな意図があったとしても、忠告していただいたことには感謝いたします」


 感謝の言葉を投げかけられ、別世界のレティシアはぴたりと立ち止まると、呪いの言葉を吐くかのように言った。


「……最初の言葉を訂正するわ。貴女とわたくしは同じ人間ではない。その愚かしいほど真っ直ぐな心意気の持ち主がわたくしだなんて、腹立たしくて思いたくありませんもの」


 忌々しいという感情を隠さずに立ち去っていく彼女の姿は徐々に薄れてゆき――次にレティシアが正気に戻ると、そこは元いた森の中だった。


「……レティシア? 大丈夫か?」


「え?」


 心配そうにこちらを覗き込んでくるアルフレッドに気づき、レティシアはぱちぱちと何度も瞬きをする。アルフレッドは不安そうな視線を、レティシアの持つ魔法石へと向けた。


「魔法石が光ってから、十秒ぐらいぼーっとしていたんだ。何かあったのか?」


 遅れてレティシアもそちらを見ると、魔法石は工房の鍵として正常に作動しており、仄かな光を放ちながら工房への道を示していた。


 意識のないアーシェを持ち上げながら、ソイルも歩み寄ってきてレティシアに心配の眼差しを向ける。


「王様ー?」


 ぼんやりとした頭の中が晴れ、はっきりとそれを認識した直後、レティシアは今し方自分に起きた異変を誤魔化すように笑顔を作った。


「いいえ、なんでもありませんわ。魔法石が工房まで導いてくれるようですし、先を急ぎましょう?」


「あ、ああ。でも本当に大丈夫なのか?」


「少しまぶしくてびっくりしただけですわ。ご心配してくださりありがとうございます」


 朗らかに返しながらも、レティシアは一行を先導して歩き始める。


 絶対に守ってみせる。誰かを犠牲にしなくても、大切な人たちを守れると証明してみせる。それがたとえ、誰にも口外できないまま心を悩ませ続ける困難な道であっても。


 そうやって己に強く誓いながら、レティシアは魔法石のチェーンをきつく握りしめた。

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