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第48話 もう一つの世界

 次にレティシアが目を開くと、彼女の目の前には見覚えのある女性が立っていた。


 ――いや、見覚えがあるという表現は正確なものではない。その女性はレティシアの見知った人物ではなく、『レティシア本人』だったからだ。


 鏡に映した自分のようなその女性は、軽くスカートを摘まんでこちらに一礼してきた。


「ごきげんよう。わたくしは、貴女とは異なる未来に至ったレティシア。貴女とは別の世界の同一人物です」


「えっ……?」


 突然すぎる邂逅にレティシアは与えられた情報が処理しきれずに、目を丸くしたまま固まってしまう。


 別の世界の彼女は顔を上げると、そんなレティシアをほとんど睨み付けるような目で見据えた。


 そこでレティシアは、己と彼女の決定的な違いに気づく。


 彼女の眼差しは暗い覚悟に満ちており、世界の全てを拒絶するような絶望がその裏に隠されていた。それを見たレティシアは、以前魔法石を通じて垣間見た光景を思い出す。




『嫌、嫌よっ! こんなの認めないっ……!』


『こんな未来、認めません。今度こそは絶対に――!』




 ある時は絶望を拒絶して泣きじゃくり、またあるときは不穏な誓いを口にしながら、一心不乱に祈りを捧げていた自分自身。その姿から感じた印象は、目の前の人物と完全に一致していた。


「まさかあの時見た、未来を認めないと言っていたわたくしは――」


「ああ、魔法石を通じてわたくしの姿を観測していたのですね。それであれば話が早くて助かります」


 薄暗く光の差していない眼で、目の前の彼女はレティシアへと改めて向き直る。そして、警戒するレティシアの様子を意にも介さず、速やかに本題を語り始めた。


「わたくしは、失った大切な人を取り戻すために、何度も世界をやりなおしては本来『辿るべき未来』をねじ曲げているのです」


「『辿るべき未来』……?」


「ええ、世界樹には過去現在未来と、全ての時の流れが同時に存在し、それらは世界樹が発生し、運用されはじめた時には全て決まっている。それこそが『辿るべき未来』です」


 氷のように冷たい語り口で、目の前の女性は言葉を紡いでいく。レティシアはすぐにそれの意味するところに思考が追いつかず、困り果てた表情になってしまう。


 すると、目の前の女性は、仕方なさそうにため息を吐いて付け加えた。


「例えば、貴女もわたくしならば、世界樹で過去の妖精王と邂逅したことがあるでしょう? 過去の人物に干渉できるということは、貴女から見て未来の人物は貴女に干渉できるということになりませんか?」


 そこまで言われて、レティシアはようやく実感として彼女の言っている論理を理解した。


 つまりは、どちらを基準とするかという話だ。


 自分から見てフィリアは過去の人物だが、目の前のレティシアから見れば自分も過去の人物ということになる、ということだろう。


 そして、それが可能ということは世界樹の中には過去現在の歴史だけではなく、未来の歴史も既に存在していることになる。


「一応、理解はしましたわ。貴女はその決定された『辿るべき未来』を拒絶して、過去の自分自身に干渉しているということですの?」


「ええ。ですが、『辿るべき未来』をねじ曲げたのはわたくしだけではありません。貴女もすでに歴史をねじまげています。心当たりはあるのではなくて?」


 暗い瞳で見つめられながらの問いかけに怯んでしまいそうになりながら、レティシアは負けじと彼女を見つめ返して言葉を発する。


「……アーシェさんたちの悲劇を回避した件ですの?」


「ええ、過去を変えないように一応手は打ったようですが、貴女にとっての未来が変わってしまうような行動を数刻前の彼は取ったでしょう?」


 彼女が言っているのはきっと、アーシェが歴史に介入しないという誓いを破ってしまったことだろう。だが、それを責められている理由が分からず、レティシアはわずかな苛立ちを込めて口を動かす。


「それがどうかしたのですか? 『辿るべき未来』とやらをねじまげても、悲劇を回避できるのならそれでいいのでは?」


「ええ、短い視野で見ればそうでしょうね。ですが、悲劇を一つ回避すれば、遭うはずではなかった別の悲劇に直面する。それが世界樹によって定められた世界のルールだと知っても同じことが言えますか?」


「っ……!?」


 悲劇を目の当たりにしてきたのであろう彼女は、夜の闇のような恐ろしく静かな目つきで問いかけてくる。レティシアはそれに即座に答えることができなかった。


 目の前の彼女は手をゆっくり持ち上げると、レティシアが胸の前で握りしめたままだった例の魔法石を指さす。


「貴女の持つその魔法石は、世界樹に接続する媒体。わたくしはそれを通じて、最悪の悲劇を回避するための干渉を行ったのです。もっとも、それは貴女方によって阻止されてしまいましたが」


 まるで何かの装置のように淡々と言う彼女に、レティシアはハッと思い至る。


 魔法石による干渉。何者かの意思を感じる不可思議な現象。自分たちが阻止したものといえば――


「……まさか、貴女なのですか? ソイルが暴走するように仕向けたのは」


 あの時、魔法石が禍々しい光を発した直後、ソイルはあり方を歪められて暴走状態になってしまった。アルフレッドの発言から時間をおいてから変化が起きたのは奇妙だと、アーシェも言っていた。


 もしそれが何者かが悪意をもって、魔法石を通じて干渉した結果の出来事なら――


 緊張と敵意を込めてレティシアが睨み付けると、彼女はこともなげにそれを肯定した。


「ええ、狩人を殺すためには必要でしたので。あの狩人を生きてこの森から逃がしたせいで、わたくしは大切な方を失ったのです。それを排除しようとするのは普通でしょう?」


「だとしても、暴走したソイルが狩人を殺していたら、あの子が森の外の人間に殺されていたのかもしれないのですよ!?」


「ええ、そうですね。それが?」


「っ……!」


 レティシアは急に、目の前の人物のことが恐ろしくなった。


 覚悟を決めた意志の強い人物というだけでは説明のつかない、ただの人間からは決定的にズレてしまった価値観。


 悪意もなければ、罪悪感もないまま、目的のために他者を切り捨ててしまう冷酷さ。


 それを目の当たりにするだけで、元は自分と同じ存在だったはずの彼女が、どれほど過酷な旅路を経てきたのか察してしまい、レティシアの肌はぞわりと粟立つ。


 目の前の彼女は、自分の手を胸に当てながら、レティシアに語りかけた。


「全ての者は守れない。そこまでの力は自分にはない。ならばわたくしは、わたくしの大切な人だけを守る道を選びます」


 彼女はいっそ神々しいほどの立ち姿で宣言し、レティシアへと手を差し伸べる。


「協力してください、別の世界のわたくし。わたくしは大切な人を失いたくないだけなのです」

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