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第47話 妖精の礼儀

 森の出口にほど近い場所。高笑いをしながら狩人が去ったそこで、レティシアとアルフレッドは、倒れたまま動かないアーシェへと声をかけ続けていた。


「おい、しっかりしろ!」


「アーシェさん!」


 だが、アーシェはぐったりと意識を失ったまま、二人の呼びかけに応える様子は一切ない。彼の腹がかすかに上下しているのでまだ生きていることだけは確かだが、このままにしておきてはまずいということは、素人の二人にもはっきりと理解できた。


 どうすればいいのか分からず、レティシアは慌てふためきながらアーシェの胴体に刺さった矢に手をかける。


「これさえ抜けば――!」


「ダメだレティシア! 刺さった矢を迂闊に抜くのは危ない!」


 アルフレッドはレティシアの体を押さえて、矢に触れようとした彼女を止める。


「こういう時、矢を抜いたら出血が激しくなるかもしれないし、何よりアーシェを一瞬で昏倒させるほどの毒が塗ってあるかもしれないんだ。今、矢を抜くのは止めたほうがいい」


「でも、だったらどうしたら……」


 途方に暮れて弱々しく言うレティシアに、アルフレッドは悔しさで顔を歪めながら考え込み――一つの希望に思い至った。


「そうだ! 過去にアーシェを癒やしたように、清らかな水に浸せばきっと何とかなる……はずだ!」


 自信のなさから言いよどみそうになるのを堪え、努めて明るい声でアルフレッドは提案する。しかしレティシアの表情は暗いままだった。


「でも、どうやってアーシェさんを運べば……。わたくしたちでは、この方を持ち上げることはおろか、引きずることすらできませんわ」


 絶望で目を伏せながら言うレティシアに、アルフレッドはうまく答えられずに口ごもる。


 するとその時、手のひらに乗る程度の大きさをした小妖精たちが数名、ふわふわと近づいてきた。


「嫌なやつもう行った?」


「幼いアーシェ、射られたの?」


「毒が塗ってあるんだ」


「可哀想に」


「可哀想」


 言葉ではそう言いつつも、小妖精たちはアーシェを助けるために動こうとはしなかった。


 人間と妖精の考え方は違う。きっと彼らの論理では、ここでアーシェを助けようとする発想そのものがないのだろう。


 アルフレッドはそんな小妖精たちに対して、藁にも縋る思いで問いかけた。


「妖精たち! アーシェを泉まで運びたいんだ。どうか力を貸してくれないか!?」


 彼のその言葉を受けて、小妖精たちはひそひそと囁きあう。


「妖精王様の頼みなら」


「聞いてあげたいけど」


「疲れちゃうもん」


「アーシェはそろそろ死んでもいいって」


「言ってたし」


 一人の個体ではなく群体で喋っているかのように、小妖精たちは口々に答える。


 アルフレッドは困り果ててレティシアに視線を送ったが、彼女にも良い打開策が浮かばなかったようで渋い顔のままだった。


 その時、アルフレッドの足下にソイルがとことこと歩み寄ると、こちらを見上げながら不思議そうに問いかけてきた。


「王様たち、この白い妖精を運びたいの?」


 純粋な疑問を口にするかのようなあどけない言い方で問われ、アルフレッドはしゃがみ込んでソイルと視線を合わせる。


「ソイル、できるのか!?」


「んー、意地悪だからこの白い子、あんまり好きじゃないけど……」


 もごもごと口の中で言うソイルの前に、今度はレティシアが膝を突いて、彼女の手を優しく握った。


「ソイルさん、どうかお願いします。アーシェさんは少々捻くれていますが、わたくしたちにとっては、色々と助けてくれた良き隣人なのです」


 レティシアは、真剣な眼差しでじっとソイルを見つめる。ソイルはその視線を正面から受け止めて、何度か瞬きをした後、ころりと明るい笑顔になった。


「うん、分かった! 王様のためにやってみる!」


 夏の日のような眩い笑顔でソイルは答え、小妖精たちの前へと駆け寄っていった。


「こんにちは、旧くて小さい子たち。私はソイル・テイル。生まれたばかりのアルラウネなんだって!」


 まるで生まれつき知っていたかのような言い回しで、ソイルは小妖精たちを呼ぶ。すると、呼びかけられた彼らは同様に、独特の言い回しでソイルに返事をした。


「こんにちは、新しくて大きな子」


「物語を得たんだね」


「歓迎するね」


「愛しいね」


 恐らくは、妖精たちにしか通じない礼儀があるのだろう。介入するべきではないと判断したレティシアたちは、固唾を呑んで彼らのやりとりを見守る。


 ソイルと小妖精たちは、川のせせらぎや宝石が触れ合うような音でくすくすと笑い合った後、ようやく本題に入った。


「あのね、私があの白い子を運ぶからやり方を教えてほしいの!」


 ソイルはそう言いながら、アーシェのことを無遠慮に指さす。小妖精たちは彼女の周りをくるくると踊るように飛び回って答えた。


「そうなんだ」


「幼い子、可愛いね」


「手伝ってあげる」


「教えてあげる」


「君ならできるよ」


「うん!」


 どうやら交渉は成立したらしい。ホッと胸を撫で下ろしながらレティシアたちは、ソイルへと歩み寄る。ソイルは小妖精たちに教わるまま、自分の腕をアーシェにかざしていた。


「思い浮かべて」


「腕を伸ばしてごらん」


「君なら最初からできること」


「あとは思い浮かべるだけ」


「うーん……」


 ソイルは目を閉じて難しい顔をしながら、腕を伸ばして唸る。すると、彼女の腕はゆっくりと木の幹のように伸びていき、アーシェの体に巻き付く形になった。


 彼女は目を開けると、軽々とアーシェの体を持ち上げて、満開の花のような笑顔をレティシアたちに向ける。


「王様たち、できた!」


「そ、そうだな……」


「すごい力ですわね……」


 いくら幼子の姿をしていても、人間とはかけ離れた力を持つ妖精なのだと改めて理解し、レティシアたちは今の状況も忘れて呆然とその様子を見る。ソイルはそんな二人の言うことを褒め言葉だと受け取ったらしく、照れくさそうにはにかんだ。


「えへへ。ねぇねぇ、この白い子、どこに持って行けばいい? 急いでるんだよね?」


 笑顔のまま首をかしげるソイルの言葉に、アルフレッドとレティシアはハッと正気に戻った。


「あ、ああ! まずは工房まで戻ることさえできれば、泉はすぐ近くなんだが……」


「でしたら、わたくしの魔法石がなんとかできますわ。ソイルさん、わたくしに着いてきてください!」


「うん!」


 レティシアは、この森を訪れた時同様に、工房の鍵である魔法石をぶら下げる形で掲げて呪文を唱える。


「我は工房の主。その叡智の輝きで――きゃっ!?」


 その時、魔法石は突然眩しい光を放ち、レティシアの意識はどこか遠く離れた場所へと引きずり込まれた。

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