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第46話 狩人の悪意

 ユギル・ベノミムは、ラクシャ村出身の狩人だ。


 ラクシャ村は神秘の森のほど近くに存在する小さな村で、神秘の森そのものを神聖視している迷信根深い場所だ。――少なくとも、最も若い村人であるユギルはそう感じている。


「妖精の怒りだの、世界樹だの、馬鹿馬鹿しい……。妖精は捕まえて売れば金になるのに、なんで村の連中はそれを放置してるんだ!」


 村の中においては異端な考え方をしているユギルは、自分の考えに基づいて、常日頃から神秘の森へと忍び込んでは妖精を密猟していた。


 国の法律として妖精を狩ることは違法行為だが、妖精は様々な魔法の触媒となるので、求める者は多い。ユギルは裏のルートを使って、そういった連中に神秘の森で狩った小妖精たちを売り飛ばしていた。


 特筆した収入源もないラクシャ村の人々は、ユギルが『出稼ぎ』で大金を稼いでくるのをありがたがっている。


「本当にユギルは働き者だねぇ」


「お前がいないと、儂たちは暮らしていけないよ。いつもありがとうな」


 村の老人たちから尊敬の眼差しを受けるたびに、ユギルは内心彼らを軽蔑していた。


「ハッ、大切な妖精様たちを売り飛ばして得た金とも知らずに、のんきな奴らだ! まあ、ちゃんと慎重に動けば妖精なんて怖くないって知らないから仕方ないか! ハハハ!」


 そんな悪辣な日々を送っていたユギルに、ある日、報いとも呼べる出来事が降りかかった。いつも通り、神秘の森に忍び込んだ彼の目の前に、恐ろしい木の魔物が現れたのだ。


「ウゥ、ァァァ……魔力、まりょく……」


「ひぃぃぃ!」


 魔物は完全にこちらのことを獲物に定めており、ユギルは迫り来る死への恐怖で腰を抜かしたまま動けなくなる。


 ああ、これが妖精たちを狩ってきた報いなのか。いや、そんなはずない。妖精たちは俺たち人間よりも弱くて、狩りの対象になって当然の存在なんだ。だから俺は狩人としての仕事を全うしただけだ。馬鹿な村の連中だって俺を褒め称えていたのに、どうしてこんなことに――


 考えても仕方がないことがぐるぐると頭の中で回転するが、怯えきった体は相変わらず動かない。


 しかしその時、重い蹄の音とともに跳躍した純白の何かが、魔物とユギルの間に着地した。そのあまりの巨大さと、身に纏った恐ろしいほど膨大な魔力を前にして、ユギルは恐怖で固まっていた体をなんとか逃亡の姿勢に変えることに成功した。


「ひ、ひぇぇぇ! 化け物だぁ!」


 手足を絡ませそうになりながら、ユギルは近くの草むらへと逃げ込む。そしてそこで頭を抱えて、目をきつく閉じながら、恐ろしい連中がどこかへ去ってくれることを祈り続けた。


 そしてどれだけの時間が経ったのか、不意に草むらの外から聞こえていた争いの音は消え去り、ユギルはおそるおそるそちらに顔を向ける。


 そこにいたのは、自分を襲ってきた魔物を手懐ける若い男女と、恐ろしい存在感を放つ純白の馬だった。


 ユギルはふと村の老人たちが言っていたことを思い出す。


 神秘の森には、魔物を手懐ける魔王が住んでいる。魔王は恐ろしい魔物を操って人を襲うが、善き妖精たちが守ってくれる。だから、村人は妖精を敬っているのだ、と。


 村の外では一切聞いたことのない言い伝えなので、本気にしたことはなかったが、あの若い男女がきっとその魔王というやつなのだろう。


 そこまで思い至り、ふとユギルの内側に僅かな功名心が芽生える。


 きっと魔王はこの後、神秘の森から出て人を襲いはじめるだろう。でもその前に、魔王に一矢報いるような行いを為しておけば、自分は国から勲章なりなんなりを貰って、名声を手に入れられるのではないか。


 そうすれば、あんな古くさい村からは飛び出して、冒険者や騎士として生きていけるのではないか。


 常日頃から村に対して抱いている苛立ちがその衝動を後押しし、ユギルは弓に矢をつがえて立派な毛並みの白馬へと向ける。


 魔王を狙ってもきっと弾かれる。でもその使い魔らしき馬なら殺せるのでは?


 弓矢はぐっと引き絞られ、緊張で震える手のまま、ユギルは白馬目がけて矢を射かける。その矢尻に塗られているのは猛毒だ。魔物相手であっても、体のどこかに命中すれば無事ではいられない。


 放たれた矢は一直線に白馬に迫ると、その胴体へと突き刺さった。一瞬で毒が回り、白馬はその場に横倒しに倒れる。


「やった……やってやったぞ! 魔王の使い魔を殺してやった! ヒヒヒ、ハハハハ!」


 狂ったように笑いながらユギルはその場を後にする。


 その後、彼がどうやって森の外まで逃げ延びたのかは分からない。ハッと正気に戻った時には、ユギルはすでに森から出ていたからだ。


「はは、は……やったぞ、俺はやったんだ……」


 ぶつぶつ言いながら、ユギルはラクシャ村へと帰り着く。


 彼が村に入ると、村全体は妙な空気に包まれていた。村長の家の前で村人たちが、顔をつきあわせて途方に暮れていたのだ。


「……何やってんだよ、みんな。何かあったのか?」


「おお、帰ったかユギル! ちょうどよかった! これを儂たちに読んでくれないか?」


「はあ?」


 困惑の声を上げつつも手渡されたものを見下ろすと、それは皺だらけの小さな便せんにびっしりと書かれた誰かからの手紙だった。どうやら、揃って老眼ばかりの村人たちには読めなかったらしい。


 手紙の隅に見覚えのない貴族の紋章が書かれていることから察するに、これはどこかのお貴族様が伝書鳩で送った手紙なのだろう。


 でも、どうしてこの村にそんな手紙が?


 不思議に思いながら手紙の内容を確認する。ユギルは、狩りを成功させたことで高揚していた気分が、一気に絶望へとたたき落とされる思いがした。




『私の娘と尊い方が神秘の森に滞在している。じきに王家の討伐隊が向かう。魔物に動きがあっても動かないように。イルソイール伯爵』




「そん、な……まさか……」


 ユギルの思考は一瞬で、真実の一端にたどり着く。


 あの時、自分が魔王だと思って使い魔を殺した相手は、手紙に書かれている二人の人物だったのだ。


 彼らは書き方から察するに、伯爵の娘と、相当高位の貴族なのだろう。もし討伐隊とやらが到着し、自分が矢を射かけたことがバレたら――貴族を害そうとした大罪人として処刑されてしまうかもしれない。


 それだけは避けなければ。どうしたら、どうすれば――


「ユギル、どうかしたのか?」


「顔色が悪いわよ?」


「えっ、アハハ……それはぁ……」


 村人たちに心配され、ユギルは引きつった笑いを浮かべながら手紙を拳の中に握り込む。


 逆に考えろ。俺が彼らに弓を引いたことを目撃したのは、あの貴族の二人だけだ。討伐隊が到着する前に、魔物のせいだとか仕方ない理由をでっちあげて、彼らを始末できればあるいは――!


 追い詰められたがゆえにさらに重い罪を重ねようとしていることに気づかないまま、ユギルは村人たちに向かって声を張り上げる。


「みんな聞いてくれ! 正直、手紙には読めない部分はあったが……断片的には読めたんだ! そこには魔物の脅威が迫っている……みたいなことが書いてあった!」


 後から聞かれた時に言い訳ができるように、曖昧な言い方でユギルは説明する。すると村人たちは、怯えた様子で囁き合い始めた。


「神秘の森の怪物じゃ……」


「まさか言い伝えの魔王が……」


「どうすれば……」


 ユギルはその辺にあった箱の上に立つと、まるで途方に暮れる民を導く英雄のように、高らかに彼らに問いかける。


「みんな、何もしないまま魔物に食い殺されるのは嫌だろう? 王都の連中がいつ動くのかは分からない! 俺たちは自分を守るために、今こそ立ち上がるべき時だ!」


 演説じみた言い方でユギルは村人たちをそそのかす。村人はあっさりとそれに騙されて、口々に賛成の声を上げた。


「ユギルの言うとおりだ!」


「近隣の村にも協力を募ろう!」


「魔王退治だ!」


 まずい。他の村まで巻き込むのか!? そいつらまで俺の思い通りに動かせるのか!?


 予想以上に湧き上がってしまった村人たちを前に、ユギルは冷や汗を流しながら、騒ぎを見守ることしかできなかった。

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