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閑話 一方、時間は少し遡る(前)

 イルソイール家の隠密であるザルドは、人払いがされた主人の部屋で、深刻な面持ちで報告をしていた。


「――以上が、私が離宮で見聞きした全てでございます、旦那様」


「……そうか、下がっていいぞ」


「はっ」


 ザルドの姿が完全にドアの向こうに消えた後、報告を受けたイルソイール家当主、ユリウス・イルソイールは大きくため息をついた。


「はぁ……。どうやらアルフレッド殿下に異変が起きているのは事実のようだな。だが、それ以上にまずは神秘の森の怪物への対応をどうするか……」


 ぶつぶつと独り言を言いながら、ユリウスは私室の中を歩き回る。


 神秘の森の怪物について、ユリウスは大まかな事情を知っている。十数年前、ユリウスとユリウスの妻であるフィリアはその怪物への対処を行ったからだ。


 フィリアは一時期、神秘の森に閉じこもり、病を治すための研究に没頭していた。研究は功を奏して特効薬をフィリアは持ち帰ったのだが――その直後に、神秘の森は増殖を始めた。


 通常の十倍以上の速さで草木が成長し、じわじわとその範囲を広げていく神秘の森。それに伴って活発になった妖精が人を襲うというのが、イルソイール家に伝わる神秘の森の怪物の真実だ。


 専門的な知識の無い民たちには、妖精と魔物の区別はつかない。もし妖精が人を襲う怪物の正体だと知られれば、彼らは自分たちでそれを討伐しようと動いてしまうかもしれない。


 妖精は人の手には負えないものであり、不用意に敵対すれば神秘王の伝説のように国を揺るがすほどの力を振るわれるかもしれない存在だ。そんな恐ろしいものに民が喧嘩を売る可能性を減らすために、イルソイール家は怪物の正体について秘匿してきた。


「あの時は、フィリアが森へ滞在している間に手に入れたという方法で増殖を鎮めたが、今回はどうしたものか……」


 固有魔法を発現したイルソイール家の人間は、妖精に好かれる体質になることが多い。妖精が多く存在する神秘の森であれば、妖精たちがきっとレティシアを守ってくれるという算段で、彼女を一人で送り出したが、こうなってしまえば安否を確認する必要もあるだろう。


 政治的な打算と、愛娘への心配で頭がいっぱいになり、ユリウスはぶつぶつと呟きながら部屋の中を歩き回り続ける。


 時折椅子に座って考え込んでは、焦りを抑えきれずにまた立ち上がって、壁に額をつけながら思考を巡らせたかと思えば、がしがしと頭を掻いて髪の毛を乱す。


「とにかく、レティシアを守るために、まずは怪物を目撃した村に事情を知らせる文を飛ばすか……」


 もちろん詳しい事情は書けないが、貴族の刻印がなされた手紙を受け取れば、少なくとも村人たちが積極的に怪物退治をしようとするのを躊躇う材料にはなるはずだ。本格的な対応を始めるまでの時間稼ぎぐらいはできるだろう。


 ユリウスは便せんを取り出すと、端的な内容をそこに記して、伝書魔法をかけた鳥の足に結んで空に放した。


 羽音を立てて去っていくそれを見送っていると――不意に、彼の部屋のドアが控えめに叩かれた。


「旦那様。お客人が玄関にいらしております」


「……客人? 今日は来客の予定はないが……、一体誰なんだ?」


「それが、第一王子殿下からの使者であるらしいのです」


「なっ……!?」


 ユリウスは手に持ったままだった万年筆を取り落とし、全身を硬直させたまま急速に思考を巡らせ始める。


 このタイミングで使者を寄越したということは、離宮に忍び込んで見つかったザルドとイルソイール家の関係に気付かれていると考えるべきだ。まだ疑いの段階かもしれないが、警戒するに越したことはない。


 離宮に隠密を送り込んだことが公になれば、最悪の場合、我が家が取り潰しになってもおかしくはない。だが、これほど早い段階で第一王子が直接コンタクトを取ってきたということは、彼はこちらと何らかの交渉をするつもりなのかもしれない。


 その可能性が現実になることを祈りながら、ユリウスはドアの向こう側に立つメイドに指示を下した。


「すぐに客間に通すように。それから、念のためザルドには隠れておくよう伝えてくれ」


「はい、旦那様」


 メイドはほとんど音を立てずに遠ざかっていき、すぐにやってきた使用人たちによってザルドは人前に出られる程度に身なりを整えられる。


 そして僅か十分後、ザルドは客間のドアを開いて、ソファに腰掛ける訪問者を視界に入れた。


 訪問者は、見慣れない男性二人組だった。


 彼らは揃って第一王子の使者という割には、地味な服装とオーラを纏った人物だった。その姿を一目見たユリウスは目を細めると、軽く手を振って使用人達を全員下がらせる。そして、使用人たちが遠ざかるまで待ってから、ユリウスは深く腰を折って彼らに一礼した。


「ようこそいらっしゃいました。……そのような格好をされて、何のご用でしょう、カーチス殿下」


 ユリウスが恭しく尋ねると、訪問者の片割れは愉快そうに目を細め、それから自身にかけられていた変身魔法を解く。


 地味な印象を受ける使者という姿は薄れ、代わりに現れたのは、王族としての威厳と強かさを兼ね備えた麗しい青年――この国の第一王子であるカーチスだった。


「ほう。さすがは冷静沈着な植物伯爵。相変わらず鋭い観察眼だ。まあ座りたまえ」


「……恐縮です」

閑話が長くなったので前後編で分けます。

後編は明日更新です。

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