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第45話 彼女のための物語

「これは――」


 まるで何かに導かれるように、アルフレッドは自分の懐に入れていた本を取り出す。


 素人が作ったと思われる製本に、そこに書き込まれたアルフレッド自身の文字。それは、彼がかつて教育係から手渡され、肌身離さず持ち歩いていたあの本だった。


 ランタンのような温かく柔らかな光を放つその本を開くと、レティシアが作った一枚の紙はふわりと浮かび上がり、本の中へと吸い込まれていく。そして瞬き一つの間に、紙は本のページへと姿を変えていた。


 揺らめく本の光を眺めながら、アルフレッドはハッと気がつく。


「……そうか。この本は、フィリアに貰ったんだった」


 呆然と呟きながら、アルフレッドは自らの手に収まった本を見つめる。


 レティシアの母であるフィリアは、世界樹に関わりのある人物だ。そんな彼女であれば、世界樹を材料にした本を作ることも可能だろう。偶然か必然か、自分たちが欲しかったものは最初から手元にあったのだ。


 そう自覚した途端、アルフレッドの持つ本はさらにまばゆい光を放ち始めた。


「うっ……、このっ……!」


 手元の本からあふれ出る魔力に圧倒されて、地面に仰向けに倒れてしまいそうになるのを、アルフレッドは必死で堪える。


 だが、そんな彼の都合などお構いなしに、アルラウネは鞭のようにうねる枝をこちらに叩きつけてきた。


「……させませんよ!」


 身動きできないでいるアルフレッドの前に割り込み、アーシェはアルラウネの攻撃を受け止める。あまりの一撃の苛烈さに、アーシェの展開していた防壁にぴしりと罅が入った。


「ぐっ……殿下、物語を早く!」


「あ、ああ!」


 こちらを庇いながら叫ぶアーシェに、アルフレッドは本を持つ手に力を込める。本から放たれる力の奔流はますます激しくなっていき、本から手を放さないでいるだけで精一杯だ。


 ダメだ、こんなもの制御できない……!


 何もかも諦めそうになったその時、本を持つアルフレッドの手に、レティシアの手が重ねられた。


「殿下。殿下は一人じゃありませんわ」


 本を中心にして荒れ狂う魔力で、レティシアの長い髪はまるで生き物のように巻き上がっている。自分と同じく魔力にあてられているだろうに、覚悟に満ちた強い目で見つめてくる彼女に、アルフレッドは目を見開いた後――無言で力強く頷いた。


 大丈夫だ。自分たちならできる。やってみせる。


 こんな悲劇を認めてやるものか!


 アルフレッドはしっかりと大地を踏みしめると、本を前に掲げて朗々と語り始めた。


 ――昔々、あるところに、生まれたばかりのアルラウネがいました。


 彼の言葉と同時に本には自動で物語が筆記され、それに呼応するようにアルラウネは動きを止めた。


「ウ、ァ……?」


 まだその姿は異形のままだったが、その瞳には理性が戻りつつある。アルフレッドはそれを逃さず、物語をたたみかけた。


 ――そのアルラウネは、不運な偶然によって狂気に飲まれてしまいました。このままでは人を殺めて、悪い魔物として退治されてしまうかもしれません。


 ――しかしその時、彼女を助けるために妖精王が立ち上がったのです。


 アルフレッドはそう語りながら、レティシアへと目配せをする。彼女は小さく頷くと、まるで舞台袖から現れる演者のように堂々と、アルラウネへと近づいていった。


 そんな彼女を、アルラウネは目を丸くして迎える。


「おう、さま……?」 


「ええ。わたくしは妖精王。あなたの王様で……」


 レティシアはそこで言葉を切り、助けを求める目をちらりとアルフレッドへと向けた。


 何を言えば彼女に届く物語になるのか。


 それが分からずに途方に暮れるレティシアの様子を察し、アルフレッドは物語を付け加える。


 ――彼女は世界樹の妖精王であり、アルラウネの幸せを願う王様なのです。


「ねがう……?」


 アルラウネは、オウム返しに尋ねてくる。語り部からの助け船を得たレティシアは、己が彼女に対して願っていることを素直に口にした。


「あなたの見る世界が愛しいものでありますように。全てのものを愛し、愛される世界樹でありますように。……わたくしはあなたに、そんな存在になってほしいのです」


 心の底からの言葉を、レティシアは優しく紡ぐ。まるでふわふわの綿に包まれているかのような温かくむずがゆいその言葉に、アルラウネの体を縛っていた緊張感がほどけていく。


 それを遠くで見ながら、アルフレッドは本を持つ手にさらに力を込めた。


 ――アルラウネは妖精王の願いを受け取り、今度は自分の願いを口にすることにしました。


 ――なぜなら、その願いが叶えば、アルラウネはもう暴れなくてもよくなるからです。


 アルラウネは困ったように視線をうろうろとさせた後、レティシアにおずおずと語りかけた。


「私は、名前がほしい。名前があったら、こんな風に自分がわからなくならなかったから……」


「ならば名前を贈りましょう。大地を意味するわたくしの家名の一片を与えましょう」


 ――妖精王は、不安そうなアルラウネに歩み寄ると、彼女の手を取って祈るように言いました。


「……大地ソイルの子であり、物語テイルの子。あなたの名は――ソイル・テイル」


 キンッと何かがぶつかるような音がして、アルラウネ――いや、たった今ソイル・テイルの名前を得た妖精は、少女の姿を取り戻す。アルフレッドは本を自分に引き寄せると、ページをゆっくりと閉じながら、物語を締めくくった。


 ――こうして、ソイル・テイルの誕生に纏わる一騒動は、誰も不幸にならないまま、幕を閉じるのでした。


 ――めでたし、めでたし。


 ぱたん、と音を立てて世界樹の本は閉じられ、そこから放たれていた光も消え失せる。完全にその余韻がなくなったのを確認した後、アルフレッドはその場にへたりこんで大きく息を吐いた。


「つ、疲れたぁ……」


 情けない声を上げて、ぐったりと天を仰ぐアルフレッドに、レティシアはくすくすと笑いながら近づいてくる。


「ふふ、お疲れ様ですわ、殿下」


「王様どうしたの? 何かあった?」


 レティシアの隣に引っ付くようにしてやってきたソイルは、不思議そうな顔でアルフレッドをのぞき込んでいる。


 どうやら暴走している間の記憶が飛んでいるらしい少女の様子に、アルフレッドは再び疲れ果てた息を吐き出した。


「はぁ……。また今度、気が向いたら語ってやるよ」


「ええ、それがいいでしょうね。何度も語ることによって物語は強固なものになっていきますから。ヒヒン!」


 上機嫌なアーシェが軽やかな足音とともにアルフレッドへと歩み寄ってくる。アルフレッドはうんざりとした視線を彼に向けようとし――その背後に潜む脅威にいち早く気がついた。


「アーシェ、後ろだ!」


「――ッ!?」


 草むらから飛来した矢が一直線にアーシェへと向かっていき、その胴体へと突き刺さる。戦闘で消耗していたアーシェは防壁を張ることもできないまま、その矢尻に貫かれ、土埃を上げながら横倒しに崩れ落ちた。


「アーシェ!」


「アーシェさん!」


 突然すぎる出来事にアルフレッドたちは彼に駆け寄ることしかできない。すると、草むらに伏せていた猟師が引きつった笑顔で立ち上がった。


「やった……やってやったぞ! 魔王の使い魔を殺してやった! ヒヒヒ、ハハハハ!」


 狂ったように笑いながら逃げていく猟師を、アルフレッドたちは追いかけることすらできず、愕然とした面持ちでアーシェの隣にいることしかできなかった。

第四章はこれでおしまいです。

明日の閑話を挟んで、第一部の最終章が始まります。

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