第41話 辿るべき未来
「殿下! しっかりなさいませ!」
「っ……!」
彼女に一喝され、アルフレッドは俯いてしまっていた顔を上げる。レティシアはそんな彼の顔を正面から見つめた。
「絶望していても何も変わりませんわ。わたくしはあの子を見捨てることはしたくありません。殿下もそうなのではなくて?」
「レティシア……」
こちらを奮い立たせるような視線で貫かれ、アルフレッドは暗雲が立ちこめるように濁っていた頭の中が一気に晴れる思いがした。
彼はマイナスな方向に向かいそうになる思考をなんとか振り払い、レティシアの顔を正面から見つめ返す。
「ありがとう、レティシア。ちょっと冷静になってきた」
「それは何よりですわ。一緒にあの子を助けましょう、殿下」
レティシアはアルフレッドと力強くうなずき合い、傍らのアーシェに視線を向ける。
「アーシェさん、何か解決の手がかりになりそうなことはご存じありませんか? 妖精の視点から見た意見を教えていただきたいのです」
しかしアーシェは困り果てたという様子で、言葉を選びながらその申し出を否定した。
「うーん、手がかりや意見といいましてもねぇ……私に答えられるようなことはあまりないと申しますか、さすがに世界樹の若木の暴走となると歴史に刻まれるほどの大事件なので、本当は私には関わる資格がないといいますか」
アーシェの発言を聞いたレティシアたちは、顔を見合わせた後、彼から距離を取って小声で話し合い始める。
「レティシア、アーシェのことだが……」
「ええ。わたくしたちが妖精王として過去のクエリアさんに指示した通り、歴史への干渉を控えている件ですね。もう過去が改変されることはないので、全てを明かして協力してもらってもいいのですが……」
「ああ。それもそう――」
アルフレッドは彼女の意見を全面的に肯定しようとしたが、ふと頭の片隅に浮かんだ可能性に、言葉を途切れさせて考え込み始めた。
レティシアの言う通り、アーシェは歴史と矛盾することなく今まで生きてきたのだから、彼が歴史に関わることによって過去が変わることはもうない。だがもしこの世界に、本来辿るべき未来が存在するとしたら――彼の干渉によってその未来が変わるのは、問題ないのか?
『愛する乙女を悲劇で失うことなく今まで生きてきたアーシェ』は、『悲劇の過去を持つアーシェ』とはきっと、別の考え方で別の選択をする存在だ。元は同じものだったとしても、今いる彼は全くの別人と考えたほうがいいのでは……?
そんな彼が今後、歴史を左右するような事件に関わることが、本来辿るべき未来を変えてしまうことに繋がるとしたら――
「……殿下? アルフレッド殿下! どうかなさったんですの?」
レティシアに強く呼びかけられ、ハッと正気を取り戻したアルフレッドは、己の中に浮かんでいる懸念に一旦蓋をした。
「い、いや、何でもない。……だが、アーシェに歴史に干渉してもいいと告げるのは保留しよう。ちょっと嫌な予感がするんだ」
曖昧な言い方で渋るアルフレッドの顔を、レティシアはじっと見つめた後、真剣な眼差しでこくりと頷いた。
「……分かりました。殿下にもお考えがあるのですね?」
「ああ。だが、だとすれば打開策の手がかりをどうやって手に入れるかだが……」
レティシアとアルフレッドは額を突き合わせて話し合った末に一つの結論に至り、並んでアーシェへと向き直る。
「アーシェ、俺たちの質問に『事実』だけで答えて欲しい。詭弁かもしれないが、それなら自分の『意見』に歴史を左右させるわけじゃないから問題ないんじゃないか?」
「お願いします、アーシェさん。わたくしたちは、アルラウネさんを傷つけたり討伐するつもりではないんです。ただ、あの子を止めたいだけなんです」
真っ直ぐな眼差しで頼み込んでくる若々しい二人の言葉を受け、アーシェはじっと彼らのことを見つめた後、渋々息を吐いた。
「……分かりました。ですが、質問に答えるだけですよ」
その返事を聞いて、アルフレッドはレティシアと目を見合わせて安堵し、アーシェに問いかけ始める。
「アーシェ。お前は俺に、妖精は物語になることであり方が変わるから、言葉には気をつけろと言っていたな。だったら、もし妖精王によってさらに別の物語が与えられれば、妖精のあり方はまた変化するのか?」
あり方が捻じ曲げられて暴走したのなら、別のあり方を与えて元に戻せば良い。そんなシンプルな論理を裏付けようとアルフレッドは問いかけたが、アーシェは気まずそうに前足で土を掻いた。
「……そもそもの話、今回、殿下が口走った程度の多少の軽口であれば、私のような『すでに物語が広く語られて定着している妖精』が大きくあり方を改変されることはありません。ただ、とっても不快な気分になるぐらいです」
「は?」
予想外の返答にアルフレッドは固まり、顔全体で不愉快であると表明しながらアーシェをにらみつける。
「待て。じゃあ、あの時俺のことを騙したのか?」
「ヒヒン。意地悪をしたというのは事実ですね。何しろ私は『性悪な悪い妖精』らしいので?」
「……悪かったよ、嫌な思いさせて。話を進めてくれるか?」
言いたいことは山ほどあったがそれを飲み込み、アルフレッドは話の続きを促す。アーシェは、挑発に乗ってこなかったアルフレッドに意表を突かれつつも、仕方なさそうに続けた。
「軽口程度であれば、妖精王の言葉にそこまでの力は本来ない。ですが、あのアルラウネのような生まれたばかりの不安定な妖精は影響を受けやすい……というのは事実です。殿下の発言から時間を置いて、急に影響を受けた、というのは奇妙な話ですが――おっと、これ以上は意見になりますかね」
踏み込みすぎたという面持ちでアーシェは話を切り上げる。レティシアはそれを追いかけるかのように、本題を再び尋ねた。
「では、別の物語を与えて、あの子を元に戻すというのは可能なんですの?」
「……確証はありませんが、不安定な妖精に対して行うのであれば可能性はあるかもしれません。ただしそのためには、あの子のためだけの物語を与える必要があるでしょうね」
「あの子のためだけの物語?」
二人がさらに深くアーシェに問いかけようとしたその時、遙か彼方から魔力を帯びた咆哮が轟いた。




