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第38話 アルフレッドの役割

「……世界樹になる?」


 突然、奇妙なことを言い出したアルラウネに、アルフレッドは怪訝な目で尋ね返す。その疑問に答えたのは、アルラウネ本人ではなく事態を静観していたアーシェだった。


「ええ、この森で生まれるアルラウネはいずれ世界樹へと成長する『世界樹の若木』ですからね。新しい妖精王が見いだされる度に、新たな世界樹の若木であるアルラウネが生まれるのです」


「……ということは、先代の妖精王であるレティシアの母君――フィリアの時もそうだったのか?」


「ええ。ただ、フィリア様の時はほんの数年間だけしか妖精王を務められていませんでしたから、アルラウネが世界樹に成長することはありませんでしたが」


 そう言いながらアーシェは、アルラウネへと馬の長い鼻づらを寄せる。アルラウネは嫌そうな顔でそれを避けて、ぎゅっとアルフレッドにしがみついた。


「やーっ。食べないでっ」


「おやおや、嫌われてしまいましたか。私はそんなに節操なく草を食むことはしない気高い妖精馬なのですが」


 そう言いながらも、アーシェは歯をガチガチと鳴らして、嫌がるアルラウネに意地悪をしている。アルフレッドはそっとアルラウネを抱きしめて庇いながら、呆れた目をアーシェに向けた。


「草を食べる食べないは知らないが、お前が気高い妖精馬というのは信じられないな。どう見ても、『幼子に害を為す性悪な悪い妖精』だ」


 その言葉を聞いたアーシェはびくりと体を震わせて、すぐにそれを誤魔化すようにおどけてみせた。


「おや、軽々しくそのようなことを口にしないほうがよろしいですよ。今の貴方は妖精王。物事のあり方を定め、世界樹の中に収められている歴史を織り上げることも、妖精王の役割なのですから」


 冗談めかした態度の中に真剣なものを感じ取り、アルフレッドはさらに揶揄おうとした言葉を飲み込んで、真面目な面持ちで問いかける。


「……歴史を織り上げるというのはどういうことだ? 歴史は過去の出来事の記録だろう。もしかして世界樹の中の図書館と何か関係があるのか?」


「ふふ、ご明察。世界樹に記録されている歴史は、歴代の妖精王が織り上げてきた努力の結晶なのです。ですが、歴史が過去の記録というのは少々間違っていますねぇ」


 意地悪な教師めいた眼差しでアーシェはアルフレッドを見つめる。アルフレッドはむっと顔をしかめた。


「どういうことだ? 焦らしていないで説明しろ」


「そう急かさないでくださいな。歴史とは『妖精王が観測して解釈した記録』であり『過去に本当にあった出来事』とは限らないということですよ。無論、そのようなズレがないよう公平な目で歴史を織り上げるのが妖精王の仕事なのですが。ヒヒン」


 人を小馬鹿にするような面持ちではあるが、アーシェは丁寧にアルフレッドの疑問へと答える。アルフレッドは数秒考え込んでから口を開いた。


「……つまり、妖精王が書いた物語が、正しい歴史になると?」


「その通りです。そんな存在に悪し様に決めつけられた妖精が、言葉通りに変質してしまうのはご理解いただけるでしょう? 私のようなか弱く繊細な妖精なんて、ひとたまりもありません!」


 芝居がかった様子で大げさに嘆くアーシェに、アルフレッドは冷めた目を向ける。


「……そういうところを見てるから性悪と言いたくなるんだがな」


「ヒヒン! 手厳しいですねぇ」


 アーシェは愉快そうに歯を鳴らしながら、アルフレッドたちから距離を取る。アルフレッドの腕の中にしがみついていたアルラウネは、顔をしかめて威嚇のような声をアーシェに向けていた。


「やっ! あっちいけ! 食べないでっ!」


「辛辣ですねぇ、私寂しいですよ、ヒヒン」


 嘘くさい口調で嘆くアーシェを、アルラウネはさらに威嚇する。


 さらに少しの間、両者の攻防は続いたが、アーシェはふと真面目な声色で切り出した。


「ともかく、そんな歴史に起きてしまった異変を解決するのもまた、妖精王の役割です。歴史を織り上げ、異変を正す。要は歴史の管理者というやつですね。……しかし、そう思うとやはり、殿下がお悩みになっていることへの答えは、これなのかもしれませんね」


「え?」


「歴史を守るための力をふるう役割のために選ばれたのはレティシア様かもしれませんが、物語を紡ぎ、歴史を織り上げる役割のために選ばれたのは殿下なのでは、ということですよ。二人で一人前の妖精王ということですね! ヒヒン!」


 高らかに宣言するように紡がれたアーシェの言葉に、アルフレッドは口の中で呆然とそれを繰り返す。


「俺の、役割……」


 急にそんなことを言われても、簡単には受け入れられない。自分は確かに物語を作るのが好きだったが、それは下手の横好きというやつで、お遊びのようなものなのに。


 ましてや妖精王として選ばれるに足るほどの特別な技量が自分にあるとは思えず、アルフレッドは困惑のまま視線をさまよわせる。


 アーシェはそんなアルフレッドの戸惑いを吹き払うように、シンプルな事実を指摘した。


「少なくとも妖精王ではない私より、このアルラウネは貴方に懐いているようですからね? この子から見て、貴方は立派に妖精王に見えているのではないですか? 知りませんが。ヒヒン」


 無責任にそう言うアーシェに促され、アルフレッドは腕の中に収まった少女の形をした妖精を見下ろす。


「そう、なのか……?」


「んー?」


 アルフレッドが答えを探すように彼女を見ると、どこまでも澄んだ翡翠色の瞳と目が合った。彼女はあどけない表情で首をかしげた後、にっこりと笑って当たり前のように言う。


「なぁに、王様? どうしたのー?」


 無垢な言葉の端々から、彼女が本当に自分を妖精王だと認識しているのだと理解し、アルフレッドはじわじわと腹の底に、覚悟や責任とでも呼ぶべき感情が湧き出てくるのを感じた。


 これまで自分は、レティシアとともに妖精王の役目から逃げることを前提に考えていた。だけど、本当に何かの間違いではなく、自分が世界樹に求められて選ばれたのなら――その役割を果たすという道を選ぶべきなのかもしれない。


 そうやって硬い表情で決意を固めるアルフレッドの服の裾を、アルラウネはくいくいと引っ張った。

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