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第4話 世界樹の図書館にて

 光に吸い込まれた二人の体は、ほんの瞬き一つする間に謎の場所へと弾き出されていた。


「きゃっ」


「うぐぇっ」


 アルフレッドを踏みつける形でレティシアは着地し、彼女の体に押しつぶされたアルフレドは王族らしからぬ間抜けなうめき声を上げた。


「ここは……? わたくしたち、確か世界樹の前にいたはずですよね?」


「質問の前に、どいてくれっ……!」


「え?」


 きょとんとレティシアは自分の足下へと視線を向け、そこでようやくアルフレッドを下敷きにしていたことに気がついた。


「まあ、ごめんなさい! 重かったでしょう、殿下?」


「い、いや、全然平気だっ、重くなんてなかったっ! 本当だ!」


 早口で言うアルフレッドに、レティシアは不思議そうな目を向ける。アルフレッドは視線をうろうろとさまよわせながら、ぼそっと呟いた。


「……レディのそういうところを指摘するのが失礼なことぐらいデリカシーのない俺にも分かってるからな」


「まあ、わたくしが大きくて重いのではなく、殿下が可愛らしいほど小柄で非力なだけでしてよ?」


「はあ!? せっかくこの俺が気を遣ってやったのに、何なんだお前はっ!」


 自分より低い位置から憤慨され、レティシアは微笑ましそうにくすくすと笑った。彼女の脳裏に浮かんでいるのは、留学中の可愛い弟と、庭師のジョンが飼っている血気盛んな小型犬の姿だ。


 己が笑われていることは分かっても、そんな相手と比較されているなど夢にも思わないアルフレッドは、全身で憤慨しているというのを表明しながら、レティシアから離れて辺りを見回した。


「それより! ここはどこなんだ!」


「さあ……。先ほどまでの記憶が確かなら、世界樹の内側ということになりますけれど」


 レティシアもアルフレッドにならって視線を周囲に巡らせる。


 二人が今立っているのは、今までいた森の中とは全く様相が異なった場所――具体的に例えるのであれば、巨大な図書館の一角のような場所だった。


 彼らがいる円形の場所を中心として、無数の本棚が弧を描いて配置されており、そのほぼ全てには遙か頭上にある天井までぎっしりと本が詰まっている。本棚の間にある通路を軽く覗き込んでみたが、目が回ってしまいそうなほど整然とした並びで遙か奥の方へと本棚は続いていた。


 足下には綺麗に掃除が行き届いた組み木模様の床が広がっているのを考えるに、長い間放棄された場所ではないのだろう。だが、この図書館にはレティシアとアルフレッド以外の何者の息づかいも感じなかった。


「世界樹の内側? 本気で言ってるのか? ここが木の内側であるわけがないだろう! それに、さっきお前が捕まっていたあの大樹が世界樹だと?」


「確証はありませんが、そう考えるのが自然ですわ。神秘の森に世界樹があるという話は殿下もご存じでしょう?」


 レティシアが問いかけると、アルフレッドはぴたりと停止し、何かのスイッチが入ってしまったかのようにぶつぶつと話し始めた。


「いや世界各国に世界樹の伝説は点在しているから世界樹があると言われる場所もその伝説の数あるわけでここが本物の世界樹のある場所という確証はないから根拠にはなりえないんじゃないかいやでも」


「殿下? 殿下ー? 殿下、しっかりしてくださいませ!」


 そのアルフレッドの姿が、愛娘のことや研究のことで暴走してしまった父親へと重なり、レティシアは彼の肩を掴んでゆさゆさと前後に振る。もし王宮でそんなことをしようものなら、すぐに警備兵が飛んでくるような不敬な行動だ。


 だが彼はハッと正気を取り戻すと、今し方行われた蛮行のことに気を向けることができないまま、焦ってレティシアに背中を向けた。


「そ、そんなことはどうでもいい! 早くさっさとここから出る方法を見つけるぞ。ここから出たら、お前は俺と一緒に王国に帰るんだからな!」


「え?」


 アルフレッドの口走った言葉に、レティシアは不思議そうに首をかしげる。


「どうしてわたくしが殿下と一緒に王国に帰るんですの?」


「は?」


「だって、殿下はわたくしと結婚したくないのでしょう? 婚約破棄取り消しの件も、周囲に無理矢理、わたくしと結婚するように説得されただけなのでしょう?」


 当然の事実と思っていることを並べていくと、アルフレッドは面白いほど顔色を変えた。


「えっ、そ、それは違っ……俺は、後悔してっ、その……」


 頬を赤らめたり、青ざめたり、せわしなく表情が変わるアルフレッドを、レティシアはじっと眺める。


 どうやら彼は彼で心境の変化があったようだが、こちらも拒絶された時に少しショックだったので、ちゃんと言葉にしない限り許すつもりはない。言葉にできたのなら、受け入れる準備はあるが。


 しかし結局、アルフレッドは何もはっきりとしたことを言えないまま、ごまかすようにレティシアに背中を向けた。


「何でもない! 無駄口叩いていないでさっさと脱出方法を探すぞ!」


 そのままのしのしと歩いていくアルフレッドの背中を追いかけながら、レティシアは仕方なさそうに眉を下げる。


 ここですぐに意気地無しな彼を見捨てるほど、レティシアは狭量でも幼稚でもない。


 この森から帰ることになるまでは待ってあげよう。


 なお、ちゃんと言葉にできるようになるまでは、自分はこの森から帰るつもりはない。どうせ来たのだから最大限に森を楽しんでから帰りたいという本音を優先させてもらう。


 そんな図太い思いを内心に抱えながら、レティシアは本棚の前で立ち止まったアルフレッドの横顔を眺める。彼は、本棚に詰まった本の背に指を這わせ、感心した様子で呟いた。


「どれもこれも歴史書のようだな。我が国のものもあれば、隣国や遠く離れた地にある小国までよりどりみどりだ。ここを作った人間はよっぽど奇特な筆まめと見える」


 言っている内容は皮肉じみていたが、本に向ける視線や手つきは優しいものだった。


 はて。第三王子のアルフレッドは、勉強嫌いのダメ王子という噂を聞いていたがそれは間違いだったのだろうか。


 レティシアは浮かんでしまった疑問を、そのままアルフレッドにぶつけた。


「もしかして殿下は本がお好きなのですか?」


「は、はあっ!?」


 アルフレッドの顔が一気に羞恥で赤くなり、それから目をそらす。


「変だとでも思ったのか。勉強嫌いの俺が本好きだなんて」


「ええまあ、不思議だなとは思いましたが」


「はっ!? お、お前っ、俺が言えたことじゃないが、デリカシーという言葉を知らないのか!?」


 顔を上げたアルフレッドは表情を歪ませながら、大声で言う。彼の声は静寂に満ちた図書館に響き渡り、何度も反響してから消えていった。


 レティシアは人差し指を立てると、アルフレッドの唇の前に当てて彼を注意した。


「殿下、図書館ではお静かに」


「お前が大声を出させたんだろう! それに、ここにそんな決まりがあるものか!」


 撫でようとする手から逃げる犬のように、アルフレッドは後ずさると、威嚇じみた声で主張する。彼の声は再び図書館の中に反響し、その響きが消えてしまってもまだアルフレッドはレティシアを睨み付けていた。


 レティシアもまた何も言わずにアルフレッドのことを見つめていると、とうとう気まずさに負けた彼は身構えた体勢を解きながら、ぼそぼそと答えた。


「嫌いなわけじゃない。本を読むのは心落ち着くし、昔は時間を忘れて物語に没頭したものだ。歴史書も物語のようなものだから、昔はよく読んだがそれだけだ」


 ぶっきらぼうに呟かれた内容は、レティシアを納得させるには至らなかった。


 彼女は弟に対してよくやっていたように、じっと彼を見つめ続ける。こうやって無言で続きを要求すると、弟は根負けして本音を喋ってくれたがゆえの行動だ。


 レティシアの予想通り、視線だけで問い詰められたアルフレッドは、とうとう観念して苦々しく語り始めた。


「……物語を読むなど何の役にも立たない行為だ、そんなものにかまけている暇があるなら勉学に励めと言われて全て取り上げられたのだ。それ以来、勉学のための本を読むのも嫌になった。これで満足か?」


 そう言い終わると、アルフレッドはレティシアに背を向けて離れていった。それでも、立ち止まっているレティシアから遠ざかりすぎない位置で立ち止まり、本の物色を始めたことを見るに、レティシアのことを心配する気持ちはあるということは察することができる。


「殿下……」


 レティシアは、アルフレッドにかける言葉が見つからなかった。


 彼にとっての物語は、自分にとっての植物のようなものだったのだろう。もしそれを取り上げられて、興味のないことばかりをさせられるようになって、挙げ句の果てにまるでゲームの駒のように政略結婚の話を押しつけられたら――自分だってあんな風に、拗ねた態度を取っていたかもしれない。


 それが彼にできる、数少ない反抗だったのだろうから。


 アルフレッドの境遇に思いを馳せて、レティシアは視線を下げる。無遠慮に心の弱い部分を暴いてしまったことを謝罪すべきだということは分かっていても、なかなか相応しい言葉は浮かんでこない。


 これでは、素直に謝罪できないでいるアルフレッドと大して変わらない。


「人のことを偉そうには言えませんわね……」


 それでも自分はアルフレッドよりも少しだけ年上だ。彼が素直に気持ちを伝える手本になるよう頑張らなければ!


 そんな少しずれた意欲を燃やしていると、ふとレティシアの近くにあった本棚から、今にも消え失せそうな声が聞こえてきた。




「妖精王様、どうか――」




 それが、必死の祈りの言葉だと察したレティシアは、思わずそちらに近づいて問い返す。


「そこにどなたかいらっしゃるの?」


「は!?」


 レティシアの行動に気づいたアルフレッドは顔色を変えて彼女に駆け寄ってくる。


「お前、なに迂闊にっ……!」


 しかしその言葉を遮るように、本と本の隙間から、切実な色を含んだ声が響いてきた。




「妖精王様、どうかどうか、お願い申し上げます。私の願いをお聞きください――」

第一部ラストまで大枠は見えてるので、ぼちぼち書いていこうと思います。

10万文字ぐらいで第一部が終わる長編予定です。

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