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第36話 妖精と物語

 きょとんと目を見開きながら顔を上げたアルフレッドに、アーシェはまるで童歌でも聴かせるように軽やかに話し始める。


「太古の昔、妖精には人格というものがありませんでした。ただそこにあって荒れ狂う力の化身。それこそが原初の妖精の形なのです。今でも、力の化身である性質が強い妖精にはその気質が残っていますがね」


「力の化身……?」


「妖精と人間の理は違う。妖精には話がろくに通じない。そんな風に人間が私たちを評するに至ったのは、かつての妖精が生き物というより力の化身そのものだったからということです。たとえば、燃えさかる炎はただそこにあるだけで、周囲を燃やしてしまうでしょう?」


 アーシェが出したたとえ話で、アルフレッドは感覚的に彼の言っていることを理解した。


「なるほど。原初の妖精は、ほとんど自然現象のようなものだったんだな」


「ええ、その通りです。……さて、そんな存在であった私たちが、こうして会話ができるほどの人格を獲得したのは、何故だと思います?」


 意地悪な謎かけをするようにアーシェは尋ねてくる。アルフレッドは一瞬だけ考えた後、反撃めいて答えた。


「何故って……今この話をしているってことは、もしかして物語が関係しているのか?」


「正解! 素晴らしいです! さっすが殿下!」


 大げさに囃し立ててくるアーシェに、アルフレッドは目に見えて不機嫌な顔になる。じとっと睨み付けられているというのに、アーシェは一切気にせずに語り続けた。


「仰るとおり、答えは、人間が私たちを物語にして語り継いだからなのです。妖精と交流した人間が物語を書き残したのではなく、人間が原初の妖精を見て物語を作ったから、人格のない曖昧な力でしかなかった私たちは『妖精』という名前と存在を獲得した――とでもいえば伝わりますでしょうか?」


「人が語った物語が、逆に妖精を作り上げた……ということか?」


「ええ。善き妖精の物語で語られた妖精は、善き妖精に。悪しき妖精の物語で語られた妖精は、悪しき妖精に。物語の内容によって、私たちは存在を左右されます。妖精にとって物語とは、今でも己の存在を揺るがしかねない重要な生命線なのです」


 どこか腹の立つ顔でアーシェは話を締める。アルフレッドは少し考えた後、とあることに気づいて言葉を発しかけた。


「それは、もしかしてお前も――」


 ――悪しき妖精として語られたから、悪しき妖精になってしまったんじゃないのか。


 だが、すぐにアルフレッドはその言葉を飲み込んだ。同情や憐憫が含まれた言葉をかけられるのは、プライドが高そうなアーシェには不愉快なものだと察したからだ。


 少なくとも、プライドの高い自分が同じ立場だったら、そんな言葉をかけられた瞬間に怒り狂う自信がある。


 だからアルフレッドは言いかけた言葉の代わりに、棘のある言い回しでアーシェを茶化した。


「お前も悪しき妖精として語られたから、常日頃から性根が悪そうな言動をしてるのか?」


「ヒヒヒン、言いますねぇ! おおむねその通りと答えておきましょうか」


 軽口のように言うと、アーシェは愉快そうに笑った。そして、一旦そこで少しの間黙り込むと、アーシェは気恥ずかしそうに長々と話し始める。


「……まあその、つまりですねぇ。そんなにご自分を卑下しなくてもよいのではと思わなくもないのですよ。妖精王として、あなたにはあなたのできることがきっとあるはずでございます。私としては思い悩む青年を観察するのは良い暇つぶしになって楽しいですがね! ええ! ヒヒン!」


 一気に肺の中の空気を全て吐き出すかのようにたたみかけられ、アルフレッドは目を丸くしてそれを受け止める。


 どうやらアーシェなりに、こちらを元気づけようとしてくれたらしい。てっきり正論でも突きつけられると思っていたアルフレッドは、小さく笑ってしまった。


「……慰めてくれてありがとう。ちょっとは楽になったよ」


「どういたしまして。……それより先ほど、少々気になることを仰っていましたが、アルラウネがあなた方の前に現れたのですか?」


 急に真剣な眼差しになったアーシェに、アルフレッドは思わず姿勢を正す。


「あ、ああ。高位の妖精に無礼を働くのはよくないとレティシアに叱責されて、俺は逃げてきてしまったんだが……やっぱり危険な存在だったのか?」


「いえ、危険と言えば危険ですが、火薬のように取り扱いに注意しなければならないという類の危険ですよ。何しろアルラウネは先ほど申し上げた、太古のあり方を今なお残す『力の化身』の妖精ですから」


 顔を近くに寄せて重々しく告げられたその内容に、アルフレッドはごくりと唾を飲み込む。だが、その緊張を吹き飛ばすようにアーシェは意地悪な笑みを浮かべた。


「そう思うと、誰相手であろうと果敢に噛みつこうとする子犬のような殿下は、退席して大正解かもしれませんね! ヒヒン!」


「むぐ……」


 咄嗟に反論できず、アルフレッドはうなり声を上げる。アーシェは気を取り直したという様子で、体の方向を反転させて、今来た道を戻り始めた。


「戻りましょうか、殿下。そういうことであれば、あまりレティシア様とアルラウネを二人きりにするのもよろしくないでしょう。この神秘の森に住むアルラウネは、世界樹と妖精王に関係がある特に強力な存在なのですから」


「関係がある? 確かにあのアルラウネは、レティシアを王様と呼んで懐いていたが……」


 アーシェを追いかける形で、アルフレッドもまた踵を返して歩き始める。


 その時、工房のある方向から、甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああっ!」


「っ……! レティシア!?」


 アルフレッドはそれを聞いた瞬間、弾かれたような勢いで工房へ向かって走り出した。

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