第34話 甘えた逃避
逃げるように工房を後にしたアルフレッドは、外に出てドアを閉めた途端に、行く当てがないことを思い出して立ち尽くした。
昼下がりの麗らかな陽光が彼に降り注ぎ、風が音もなく彼の頬を撫でる。工房の中からレティシアが追いかけてくる音は聞こえなかった。
無意識のうちに追いかけてきてくれることを期待している自分に気づき、自分があまりにも甘えた態度を取っていることを実感して、アルフレッドは大きく息を吐いた。
「はぁ……情けない……」
王都にいた時のアルフレッドには、逃避先がいくつもあった。サボり癖があり、周囲に評価されることもない彼だったが、それでも匿ってくれる人間もいれば、一人で過ごしたい時に使っている隠れ場所もあった。
思い通りにならなかった時には、こうやって逃げ出せば、周囲が諦めてくれる。身に染みついたそんな甘えた悪癖に従って今回もアルフレッドは逃げ出したが――ここは王都でもなければ、自分を甘やかしてくれる大人もいない場所だ。
自分たち以外、頼れる者すらこの森にはいない。そんな場所で拗ねて逃げ出しても、誰も慰めてはくれない。アルフレッドはそれを思い知り、深く俯いて途方に暮れる。
その時、不意にアルフレッドの頭上に影が差した。
「おや、殿下ではないですか。腹でも下したのですか? ヒヒン」
「うわっ!?」
驚いて顔を上げると、そこには有角の白馬であるアーシェがこちらを覗き込んできていた。アルフレッドは動揺を悟らせまいと後ずさりながら、まるで子犬がきゃんきゃんと吠えるように声を張り上げる。
「な、なんだアーシェか、驚かせるな!」
「おやおや、まさかそれで威嚇しているつもりですか? 可愛らしいことですね」
「はあ!?」
物理的にも精神的にも見下されていることがはっきり伝わり、アルフレッドは悔しさで奥歯を噛みしめながら、アーシェの顔を睨み付ける。
アーシェは、馬面だというのに分かるほどはっきりと、悪い笑みを浮かべた。
「――と、冗談はこれぐらいにして。殿下、何かあったんですか? 世界の終わりを知ったみたいな顔してますよ? 悩みがあるなら聞いて差し上げます」
「……なんでお前に話さなきゃいけないんだ」
「よく言うでしょう? 話すことで解決の糸口が見つかることもあるってやつですよ。一人で思い悩むよりずっと建設的な時間の使い方ができますよ! さあさあ、どんなお悩みがあるのかこのアーシェにお教えください!」
高らかに話を促してくるアーシェに、アルフレッドはほとんど唸るように言葉を発した。
「……お前、面白がってるだけだろ」
「ええ! とっても! でも、私には打ち明けられた悩みを言いふらすような相手はいませんし、相談相手として適切だと思いますがねぇ? ヒヒン!」
得意げな口調で言うアーシェに、アルフレッドは警戒の眼差しを解かないまま、考え込む。
目の前のユニコーンが信用に値するかといえば、おおむね信用していいのではないかというのがアルフレッドの認識だ。
何しろ彼は妖精王に救われた過去を持つ身であり、救われてから長い時が過ぎた今でも妖精王との約束を律儀に守り続けている。根本的に妖精は気まぐれで強大で関わるべきではない存在ではあるが、その中ではかなりマシな部類だろう。
少なくとも自分の拗れた感情を吐露して、整理する相手ぐらいには考えてみてもいいかもしれない。
アルフレッドは大きくため息を吐くと、アーシェをにらみつけながら歩き始めた。
「……分かったよ。ちょっと場所を変えたい。具体的には、工房の中のレティシアに話が聞こえないぐらいの場所に」
声を潜めて提案するアルフレッドに、アーシェは心底楽しみだという顔をしながら、機嫌良さそうな足取りで彼を先導し始めた。
「そういうことであればお任せあれ。私と乙女の愛の巣まで散歩するのはいかがでしょう? 道中でじっくりお話をお聞かせください。いやぁ楽しみですねぇ、ヒヒン!」




