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第33話 アルラウネ

 どこか舌足らずな印象を受ける声が響き、ほぼ同時に小さな人影が跳ねるようにレティシアのベッドへと駆け寄ってくる。


 そしてその人影は、うねりを上げる魔力をものともせずにレティシアに接近すると、飛びつくような勢いで彼女に抱きついた。


「わたしの王様っ! ぎゅーっ!」


「――っ、……あら?」


 次の瞬間、あれほど荒れ狂っていた魔力は嘘のように落ち着き、レティシアの体に襲いかかっていた倦怠感も綺麗に消えてなくなる。


 アルフレッドは、叩きつけられた魔力の影響でぐらぐらと揺れる視界のままレティシアへと歩み寄った。


「な、何が起こったんだ?」


「さあ……?」


 二人は揃って困惑の眼差しを交わし、今目の前で魔力の暴走を止めてみせた人影へと目を向ける。


 それは幼い少女の姿をしていた。だが人間の少女が迷い込んできたというわけではないのは、一目見れば理解できた。


 少女は一糸纏わぬ姿で、レティシアに抱きついて密着していた。彼女の肌は大樹の幹の色をしており、そのところどころに樹皮のようなゴツゴツが浮かび上がっている。若葉色をした髪は、風もないのにゆらゆらと揺れながら不規則に火花をあげており、彼女が人間ではない存在であると明確に示している。


 アルフレッドは油断なく少女を睨みつけながら、レティシアへと話を振った。


「レティシア、魔力の暴走は大丈夫なのか? 見たところおさまっているようだが……」


「ええ。この子が私に触れてから、すっかり落ち着いていますわ。この子が溢れていた余剰な魔力を吸い取ってくださったような……そんな気がします」


「魔力を吸い取った……?」


 ますます警戒の眼差しを強め、アルフレッドは少女へと声をかける。


「おい、お前。お前は何者だ」


 しかし少女は声をかけられていることに気付いていないのか、レティシアの体に顔を埋めたまま振り返ろうともしない。


「このっ……」


 焦れたアルフレッドは少女の肩を掴もうとした。だが、裸の女性に見える存在に不躾に触れることへの抵抗感で、中途半端な位置で手を止めてしまう。


「っ……」


 レティシアはそんなアルフレッドと少女の姿を見比べた後、少女の肩にそっと触れて彼女に話しかけた。


「ねぇ、あなた。助けてくださってありがとうございます。どうか顔を上げて、あなたがどなたなのか、教えてくださいませ」


「んー?」


 少女は顔を上げると、ようやく自分に話が振られていると気がついたようだった。


「王様どうしたの?」


「わたくしたちは、あなたが何者なのか知りたいのですよ。どうか教えてくれませんか?」


 未知の存在を刺激しないよう、柔らかく丁寧な言い方でレティシアは問いかける。すると少女は、大輪の花が咲いたかのような明るい笑顔で端的に答えた。


「わたし、アルラウネ!」


「……アルラウネ? あのアルラウネか?」


 剣呑な響きでアルフレッドは問い返す。レティシアはきょとんと目を丸くした。


「殿下、ご存知なんですの?」


「ああ。アルラウネは古い物語に出てくる木の妖精だ。妖精の中では高位の存在らしいが……」


 アルフレッドはそこで言葉を切ると、少女を敵意もあらわにきつく睨みつける。


「アルラウネの物語の中で一番有名なのは、イタズラをしてきた人間から魔力を全部吸い取って殺したというものなんだ。だから結果的にレティシアのピンチを救うことになっただけで、このまま放置すればきっと命を奪われて――」


「まあ、そんなお話が。アルラウネさん、わたくしの魔力を全部吸い取ってしまうつもりですの?」


 馬鹿正直にレティシアが尋ねると、アルラウネは首をこてんと傾げた。


「しないよ? 王様のこと大事だもん!」


「ふふ、ありがとうございます。それではあなたは、わたくしを助けるために駆けつけてくださったんですか?」


「んーと、わかんない! 来るのが当たり前だから来た!」


「なるほど、そうなのですね」


 ほわほわとした和やかな空気で語り合うレティシアとアルラウネに、アルフレッドはじわじわと嫌な気分が押し寄せてくるのを感じた。


 それはアルラウネのことを疑う警戒心がゆえの感情でもあったが、それをさらに増幅させているのはアルラウネに対する幼い嫉妬だ。


 つい先程、自分にはどうすることもできないと指摘された問題を、一時的なものかもしれないがアルラウネはあっさりと解決してしまった。そんな彼女の存在を、アルフレッドが素直に受け入れることができないのも無理はない話だ。


 自分の中で燻るその感情が醜いものだとは自覚しつつ、アルフレッドは堪えきれずにアルラウネを睨みつけてしまう。


「レティシア、そんな怪しい奴の言うことを信じるな! どうせ都合のいいことを標的に吹き込んでおいて、実際は油断させて魔力を吸い尽くして殺そうとしてるに決まってる!」


 指をさして大声でアルフレッドは言い放つ。その瞬間――キンッと何かの歯車が噛み合ったような感覚が、彼の脳を揺らしたような気がした。


 何だ今のは……?


 困惑で動きを止めるアルフレッドに、レティシアは険しい顔を向けた。


「殿下。そうやって決めつけるのはよくありませんわ。特に高位の妖精相手にそんな態度を取るのは命取りです」


「うっ、それはそうだが……」


「助けられたことは事実なのですから、まずは失礼のない対応を――」


「うぅぅ……」


 正論を突きつけてくるレティシアに、アルフレッドはますます惨めな気分になって、ぐっと顔を歪めると踵を返した。


「っ……分かったよ! ちょっと頭を冷やしてくればいいんだろ!?」


「あっ、殿下!」


 レティシアの咎める声にも振り向かないまま、アルフレッドは工房から足早に出ていってしまった。

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