第31話 微睡みからの目覚め
真綿にくるまれているかのようなふわふわとした感触が、レティシアの全身を包んでいた。
瞼を閉じた暗闇は心地よく、いつまでもこの場所にいたいと思ってしまう。しかしそんな微睡みの中で、レティシアはふと気づいた。
ここはどこなのか。自分はなぜここにいるのか。
違和感は焦りとなり、レティシアは重い瞼をなんとかこじ開ける。
するとそこに見えたのは、遥か彼方で祈りをささげる『自分自身』だった。
『こんな未来、認めません。今度こそは絶対に――!』
強い決意とともに不穏な誓いを口にする彼女を眺めていると――不意にレティシアの意識は何かに引っ張られるように浮上した。
彼女が次に目を開くと、魔法工房の天井が視界に広がっていた。
何度か瞬きをしているうちに、自分がベッドにあおむけになっていることに気づいたレティシアは、頭を押さえながら体を起こす。
「あれ、わたくし、どうしてここに……?」
意識を失う前の記憶があいまいなせいで、レティシアは混乱してしまう。ちょうどその時、工房の入り口が開いてアルフレッドが姿を現した。
アルフレッドは手に持っていた籠を取り落とし、血相を変えてレティシアへと駆け寄る。
「レティシア! やっと起きたのか!」
「え? やっとって……もしかしてわたくし、寝坊でもしてしまったんですの? 恥ずかしいです……」
気恥ずかしさで顔を覆うレティシアに、アルフレッドはまるで八つ当たりするように怒り出す。
「寝坊しただなんてものじゃない! 世界樹の前で倒れたことを忘れたのか!?」
「……あっ」
そう言われてからようやく意識を失う直前のことを思い出し、レティシアは間抜けな声を上げる。そんな彼女にアルフレッドはぼそぼそと主張した。
「あれから丸二日、お前は目を覚まさなかったんだ。声をかけても肩を揺さぶっても目覚めなくてっ……」
「殿下……」
「……本当に、目が覚めてくれて良かった。二度と目覚めないかと思って、俺は、怖くて……」
心配と恐怖を強くにじませながら、アルフレッドは言葉をつむぐ。レティシアはそんな彼にどう声をかければいいか分からず、おろおろとすることしかできない。
ややあって、ハッと正気に戻ったアルフレッドはごまかすように咳払いをして踵を返した。
「んんっ、今水を持ってきてやるから、少し待っていろ!」
そのまま入り口へと向かい、アルフレッドはいささか乱暴にドアを開けて、外へと消えていく。その後姿を見送りながら、レティシアは仄かな罪悪感を覚えていた。
「はぁ……心配をかけてしまいましたわね……」
彼からすれば、母親の命を諦める結果になった事件の直後に、行動を共にしている自分が倒れてなかなか目覚めないという事態に直面したのだ。アルフレッドの心中は、穏やかなものではなかっただろう。
なんだか悪いことをしてしまった。こうなる可能性があることを伝えておけば、彼にそんな不安を抱かせることはなかっただろうに。
「……あまりこの体質のことは言いふらすべきものではないけれど、殿下には話しておくべきよね」
ため息交じりにレティシアはつぶやく。ちょうどその時、木のコップに澄んだ水を汲んだアルフレッドが外から戻ってきた。
「ほら、水だ。喉が渇いただろ」
「ありがとうございます」
手渡されたコップを傾け、レティシアは水をゆっくりと時間をかけて飲み干す。からからに渇いていた喉が潤され、だんだん意識がはっきりしてくるのを感じた。
「ふぅ、生き返りましたわ」
「それは良かった。……で? どうして倒れたのか原因に心当たりはあるのか?」
事情が分からないがゆえの心配と不満が入り混じった眼差しで、アルフレッドは問いかける。レティシアはコップを両手で包み込みながら話し始めた。
「実は、イルソイール家の人間に時々発現する厄介な体質を、わたくしは受け継いでいますの」
「厄介な体質?」




