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第30話 終の別れ

 すぐにそれが自分に向けられた糾弾だと気づいたのか、フィリアはごくりと唾を飲み込んだ後、あえて突き放すように答えた。


「サラディメル病の感染源は分かっていないの。王子に手紙を渡すことで病を伝染させてしまう可能性があるのなら、王家に仕える臣下として渡すわけにはいかないわ」


「っ……!」


 真っ当な理由を説明され、アルフレッドは返す言葉もなく目をそらす。そんな彼にレティシアはそっと寄り添った。


「殿下……」


「いい、いいんだ。分かっていたことだから……」


 諦めきった様子でアルフレッドはうなだれる。そんな彼をフィリアはじっと見つめた後、ゆっくりと逡巡した後に自嘲するように呟いた。


「そうね、ここで何も言わないのは、きっと大人としても親としても失格よね」


 ぼそりとそう言うと、フィリアはだらりと下がっていたアルフレッドの手を取って、両手で優しく握り込んだ。


「……いくら渡さなかった理由を並べても、あなたにとっては言い訳にしかならないわよね。本当にごめんなさい」


「え?」


 その言葉の意味を理解するより前に、フィリアは、アルフレッドとレティシアをそっと抱き締めた。


「きっと貴女たちが妖精王になったのはわたくしのせいよ。でも、未来の貴女たちがこうして生きて成長してくれていることが、わたくしにとっての救いになるわ。たとえこの先、わたくしに――どんな運命が待ち受けているとしても」


 懐かしい声と、遠い記憶にある抱き締められた時の体温。不意打ちで与えられたその優しさに驚いてしまい、レティシアたちはただそれを受け入れることしかできない。


 そんな二人に、フィリアは涙をにじませた声色で、愛しそうに語りかけた。


「ごめんなさい、ありがとう。それから、さようなら。あなたたちが優しい子に育ってくれて、わたくしは誇らしく思います。……愛してるわ、レティシア、アルフレッド殿下」


 何物にも代えがたい宝物を慈しむように、溢れんばかりの愛が詰まった声で名前を呼ばれる。その瞬間、レティシアたちの体は見えない手に掴まれたかのように、背後へと急速に引き寄せられ始めた。


 自然と二人を抱き締めていたフィリアの手は離れていき、レティシアとアルフレッドは彼女に手を伸ばして、必死に叫ぶ。


「お母様……!」


「フィリア先生っ……!」


 彼女の顔にかかっていた靄が晴れ、泣きそうな顔で微笑んでいるフィリアの顔がはっきりと二人の目に映る。そして次の瞬間――二人は不可視の激流に飲み込まれ、気づくと世界樹の根元に立ち尽くしていた。


 フィリアに伸ばしていた手を中途半端に持ち上げながら、レティシアとアルフレッドはゆっくりと現実を認識していく。


「お母様っ……」


「っ……」


 レティシアは慌てて世界樹に駆け寄ってその根に触れたが、世界樹は何の反応も返さず、まるで二人が訪れた場所に二度と踏み入れさせないと暗に言っているかのようだった。


 ほんの一瞬だけ見えた懐かしい顔。気高い彼女が二人の手助けを拒絶した理由も、それでも最後にこちらを抱き締めてくれた優しさも、ほとんど大人と呼べるほどまで成長した二人には理解できる。


 だけど、いくら頭で理解していても、心が納得できるとは限らない。


「ぐすっ、お母様っ……」


「う、うぅぅ……」


 レティシアとアルフレッドは、どちらともなくしゃくり上げ始め、やがて天を仰いで大きく泣き始めた。


「おかあさまぁ……!」


「うぅぅ……!」


 二人はその場にへたり込むと、まるで幼い子どものように大声で泣きじゃくる。大切な人を救えなかったという絶望と、今は亡き人に会えた喜びと、すぐに引き離されたという悲しみが、一度になって彼らに襲いかかり、大粒の涙となって目からぼろぼろとこぼれ続ける。


 静かな森に、二人の泣き声がわんわんと響き渡り、なんだなんだと言わんばかりに小さな妖精たちが近寄ってきた。


『王様が泣いてる』


『泣いてる!』


『大丈夫?』


『お花あげるよ』


『木の実食べる?』


 妖精たちは二人の周囲に花や食べ物を次々に置いていき、あっという間にレティシアたちの周りは祭壇のような有様になっていく。それでもレティシアたちが泣き止むことがないままさらに時間が過ぎ、空が夜の色に変わりかけた頃になってようやく二人の涙は止まった。


「ふふ、なんだか泣き疲れて目が痛いですわ」


「……ああ。思い切り泣いたら、少しは納得できてきたよ」


 憑き物が落ちたかのような顔で、アルフレッドは微笑む。


「そうだよな、記憶にあるフィリア先生はああいう気高い人間だった。手紙のことで恨んでしまったのが恥ずかしいぐらいだ」


 妖精たちが持ち寄った色とりどりの花々に囲まれた場所で、レティシアとアルフレッドは疲れ果ててどこかすっきりした顔で語り合う。


 そうしているうちにさらに日は傾いていき、肌寒い風が吹き始める。アルフレッドは立ち上がると、地面に座り込んだままのレティシアに手を差し伸べた。


「レティシア、帰ろうか」


「ええ。帰り道でぜひ、殿下が知っているお母様について――あら?」


 彼の手を取ってレティシアは立ち上がろうとしたが――不意に彼女の体から力が抜け、彼女はその場に崩れ落ちそうになった。


「レティシア!?」


 アルフレッドは慌ててそれを受け止めたが、レティシアはぐったりと脱力したまま、何が起きているのか分からないという顔で視線を彷徨わせるばかりだ。


「あれ……体に力が、入らな、い……?」


 朦朧とする視界の中でそう呟いた直後、レティシアの意識は泥の中に沈むように落ちていった。

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