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第29話 拒絶と詰問

 彼の言葉はどんどん小さくなり、まるで後ろめたいことがあるのをごまかそうとしているかのように、アルフレッドは足下を見る。レティシアはそんな彼に、無情にも告げた。


「殿下、特効薬を渡そうにも、わたくしたちは現物を持っていませんわ。きっと使用した酵母が、あのパンを特効薬にするために必要なものなのでしょうけど……わたくしたちには、あの酵母がどうやって作られたものか分かりません」


「だ、だったら、一度世界樹の外に出て、もう一度ここに現物を持ち込めば……!」


 僅かな希望に縋るかのように、必死にアルフレッドは主張する。だが、それでも硬い顔を崩さないレティシアに、アルフレッドは悔しそうに俯いた。


「分かってる、分かってるんだ。一度外に出て、ここに戻ってこられるとは限らないことも、不用意に過去を変えたら何が起きるか分からないことも! でも、諦めたくないと思うのは当然だろう!?」


「殿下……」


 悲痛な響きを込めて、声を潜めたまま叫ぶアルフレッドに、レティシアは何も返せなくなる。そして、気まずさから視線を下に落とし――自分の腰につけている鞄に、とあるものが入っていることに気がついた。


「あっ」


 それは件のパンの欠片だった。大きさは人間からすると一口分ぐらいしかないが、小さな妖精からすれば、ちょうど一人分になるぐらいの欠片だ。


「殿下! これが一欠片だけ入っていましたわ! もしかしたら妖精さんたちがわたくしたちの取り分として、鞄にねじこんでくれたのかも!」


「えっ!」


 ぱっと目を輝かせて、アルフレッドはレティシアを見る。そして、彼女から手渡されたパンの欠片を、まるで宝物でも譲られたかのように慎重に受け取った。


「これを渡せばもしかしたら……!」


「でも殿下、不用意に渡すのは良くありませんわ。アーシェさんの時のように、歴史に大きな変化が訪れないよう工夫しないと」


「あ、ああ。そうだよな。だが、どうするか……」


 出鼻をくじかれて、アルフレッドは少し冷静さを取り戻す。そして二人は一緒になって考え込んだが、すぐにレティシアは離れた位置で資料を漁っているフィリアへと目を向けた。


「わたくしたちだけで考えても埒があきませんわ。一度、お母様に直接、探りを入れてみるのはいかがでしょう?」


「そうだな……そうするか」


 アルフレッドは頷くと、パンの欠片をしっかりと持ちながら、フィリアへと近づいた。そして、歩み寄られても一切こちらを見ようとしない彼女へとアルフレッドは声をかける。


「な、なあ!」


「……わたくしは話しかけられても、正面から返事をするつもりはありません。……建前だけでも会話をしていないことにするほうが懸命ですから」


 冷たく拒絶する声色で言われ、アルフレッドは心がくじけそうになる。しかし、隣にやってきたレティシアが静かに応援する眼差しで見守ってくれていることに気づき、気を取り直してフィリアをまっすぐに見据えた。


「もし、探している特効薬が手に入るとしたら、受け取ってもらえるか?」


「えっ……」


 フィリアはそれまで一切止めなかった資料をめくる手を止め、アルフレッドへと向き直る。そして、アルフレッドの肩を掴むと、勢いよく問い詰め始めた。


「特効薬を持っているの!?」


「あ、ああ。この通り、ほんの一欠片だけだから、きっと一人分ぐらいにしかならないだろうが……」


 アルフレッドは申し訳なさそうに、手のひらの上のパンを差し出す。フィリアは食い入るようにそれを見つめた後、冷静な声色でアルフレッドに尋ねた。


「あなたは、その特効薬の作り方を知っているの?」


「……偶然完成したというのが正直なところだ。でも、一度外に出れば材料を持ってくることはできると思う! だから――!」


 必死に説得するアルフレッドに、フィリアはすぐに答えることはしなかった。じっと黙り込み、深く考え込んで、それからようやくフィリアは口を開く。


「……やめておくわ。本来交わるべきではない他の妖精王に物を貰ったら、世界樹にここにいることそのものを咎められるかもしれないもの」


「で、でも!」


 食い下がろうとするアルフレッドに、フィリアは微笑んだように見えた。


「それにね、特効薬が手に入っても、再現できないのなら意味はないの。わたくしが助けたいのは一人や二人じゃない。病に冒された人々を治すには、量産するための作り方が必要なのよ」


「っ……! それでも、大切な人をそれで助けられるかもしれないんだぞ!?」


「今ここで一人分の特効薬を貰ったとして、それで大切な一人の命だけを救うことができたとしても、わたくしはその人に軽蔑されてしまうわ。わたくしは一人の研究者として、彼女に胸を張れる人間でありたいの」


 凜とした立ち姿で言うフィリアに、アルフレッドは差し出していた手をだらりと下ろした。手の中のパンが握り込まれ、ぐにゃりと歪む。


 フィリアはそんなアルフレッドと、隣で見守っていたレティシアを諭すように言った。


「だからごめんなさい。それは受け取れないわ。……早めにここから出たほうがいいわよ。ここはきっと、あなたたちのための領域ではないから」


 アルフレッドは今にも泣き出してしまいそうなほど顔を歪め、レティシアは今は亡き母とアルフレッドを見比べて、何も出来ずに肩を落とす。


 悲しみと絶望に飲まれそうになりながらも、アルフレッドは必死で思考を巡らせる。


 もうどうしようもないのか? 他に何か手はあるんじゃないか?


 だが、とうとう名案が浮かぶことはなく、ほとんど衝動をそのまま口にしたかのような勢いで、アルフレッドは声を張り上げた。


「これは、独り言なんだが!」


 フィリアは驚いてアルフレッドへと顔を向ける。彼は、様々な感情が入り交じった声色で絞り出すように問いかけた。


「……病で引き離された側妃から息子への手紙を預かった人間がいるとして、それを送り先の息子に渡さない理由はなんだと思う?」

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