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第28話 母たちの事情

「まさか、おかあ――」


 レティシアが言葉を紡ぎかけたその時、その女性はレティシアの口元に慌てて人差し指を立てた。思わずレティシアが黙ると、女性はホッと息を吐く。


「ダメよ。どこかの誰かさん。世界樹の中で他の妖精王に会っても、知らんぷりをするのが決まりなの。特に名前を呼ぶようなことをすれば――世界樹によって、無理矢理引き離されることになるわ」


 顔こそ見えないが剣呑な雰囲気で告げられ、レティシアはこくこくと首を縦に振る。女性はそれを確認すると、レティシアから離れていった。


「妖精王になるときに大妖精に教えられるはずだけど、聞いたことはなかった?」


「え? 大妖精?」


 聞き覚えのない存在を話に出され、レティシアは困り果ててアルフレッドに視線を送る。しかし彼もまた知らない存在だったらしく、アルフレッドは怪訝そうに眉を寄せた。


 そんな二人の無言のやりとりの意味を察したのか、女性は一人で納得する。


「そう……。二人で一緒にいることも考えると、貴女たちは特例なのかもね」


「特例? そうなのですか?」


「ええ、妖精王は原則として一人でなるものだから、二人で行動していること自体が奇妙なのよ」


 真剣な様子で考え込む女性を、レティシアはまじまじと見つめる。聞き覚えのある声と、凜とした立ち姿。それは――幼い頃、自分を慈しみ育ててくれた母のものだと、レティシアは確信していた。


「本当ならこうして言葉を交わすのもあまりよくないことなの。互いの未来に干渉するようなことを話してしまえば、歴史に齟齬が生まれてしまうもの。ここはお互い、見て見ぬふりをしましょう?」


 それだけを言うと、女性はさっさと二人から離れていってしまう。レティシアはそれを呼び止めようと腕を伸ばしたが、彼女の提案が正しいということも理解できてしまい、結局声をかけることができないまま腕をだらりと下ろした。


「レティシア、まさかあの方は……」


 アルフレッドが声を潜めて問いかけると、レティシアは顔を覆って泣き崩れた。


「殿下、彼女はわたくしのお母様ですっ……。間違いありません……!」


 小声でそう言いながら床にへたりこんだレティシアの前に、アルフレッドは慌てて膝を折る。


「だ、大丈夫か? フィリアと、何か嫌な思い出でも……」


「ごめんなさい、違うんです。死んだはずのお母様に会えたことが嬉しくて、本当は言葉を交わして、抱きつきたくてっ」


 ぼろぼろと涙をこぼすレティシアに、アルフレッドはかける言葉がなかなか見つからなかった。自分もまた母親を亡くした身だ。こうして死者と言葉を交わす機会が唐突に訪れたら、自分もまたこうやって、ただ泣いてしまうかもしれない。


 アルフレッドは黙ったまま、レティシアの背中を撫でて落ち着かせようとする。そして、たっぷり十分はかけてレティシアは、溢れる涙を止めることに成功した。


「ぐすっ……すみません、殿下。お恥ずかしいところをお見せして……」


「いや、気持ちは痛いほど分かる。気にするな」


 レティシアはふらふらと立ち上がり、アルフレッドはそんな彼女が倒れないよう腕で支えながら問いかける。


「それより……これからどうする? 当初の目的であるフィリアの過去と世界樹について探るのは、本人に尋ねれば簡単に達成されるだろうが……そもそも会話を制限されているのなら、下手な行動はできないぞ」


「そう、ですわね……。せめてお母様がどうやって世界樹の中にたどり着けたのか、聞き出すことができればいいのだけど。それに、先ほど話にあった大妖精という方についてもお聞きしたいし」


 ぼそぼそと二人は話し合ったが、なかなか名案が浮かばないまま時間は過ぎていく。


 すると、いつの間にか二人の近くにやってきていたくだんの女性が、二人へと顔を向けないまま声を張り上げた。


「これは独り言だから貴女たちに聞かせているわけではないのだけれど!」


「え?」


 きょとんとした顔で二人は女性を振り返る。それでも女性はこちらを見ることはなく、レティシアたちはすぐに、世界樹の掟の穴をかいくぐって彼女が情報を伝えようとしていると理解した。


 女性はそっぽを向いたまま、レティシアたちに語り始める。


「わたくしはここにとある病の治療法を探しに通っているの。私の親友である側妃と、可愛い娘の病気を治すためにね」


「えっ、親友の側妃……?」


 ぽつりと聞き返したアルフレッドの声に、女性は単調に答える。


「わたくしと側妃は、彼女が王家に嫁ぐ前から友人関係にあったのよ。それが理由で、王子殿下の教育係も一時期任されていたわ」


 思わぬ事実に驚愕すると同時に、アルフレッドもまた彼女がフィリアであると確信する。それによって逆に何を言えばいいのか分からなくなった彼に、女性は二人に対して背を向けたまま語り始める。


「わたくしの調べている病は不治の病。その治療法は、手がかりすらない状況だった。だからわたくしは数多の知恵が眠るとされる世界樹のことを調べ上げ、妖精王として身を捧げることで世界樹にアクセスするという方法を見つけ出したの」


 そう言いながら、女性は首から提げている魔法石を触る。それは、レティシアが首にかけている例の魔法石と一致していた。


「幸いにも私が嫁いだ家は、太古の昔に世界樹と関わりがある一族だったから、できた芸当ね。断片的な記録しか残っていなかったから、見よう見まねで偶然成功したというのが本当のところだけれど」


 魔法石をぐっと握りしめながら、女性は淡々と語る。レティシアはアルフレッドとちらりと視線を交わすと、独り言のふりをして声を張り上げた。


「大妖精というのはどんな存在なのかしら。知ってみたいわね!」


「詳しい生い立ちはわたくしも知らないわ。分かっているのは、世界樹を管理する側の存在ということだけ。……わたくしが知っている情報はこれぐらいよ。もし出会うはずのない者が出会っているのなら、世界樹に咎められないうちに元いた場所に帰るのが得策でしょうね」


 あくまで他人事として語り終わると、女性はそれっきり黙りこくる。


 アルフレッドはしばし考え込んでいたが、レティシアの袖を軽く引いて、女性から遠ざかった。


「レティシア、ちょっと相談がある」


「殿下?」


 不思議そうな顔でそれに従ったレティシアに、アルフレッドは声を潜めて話し始める。


「……実は、サラディメル病の特効薬は、俺の母上が亡くなる前には完成していたんだ。だけど病が既に進行しすぎていて、特効薬があっても手遅れだったと聞いている。だから、その……私利私欲でしかないんだが……」


 アルフレッドは言いよどんで躊躇いながらも、レティシアへと小声で提案する。


「もしここで、フィリアに特効薬を渡すことができたら、俺の母上も助かるんじゃないかと、思ってしまって……」

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