第27話 明るい図書館
騒がしく会話しながら、二人は世界樹の前へとたどり着く。だが世界樹の様子は今までとは異なり、その根元は光り輝いていなかった。
当然、異変の起きていない根元に近づいても、世界樹の中へと入ることはできず、二人は困り果てる。
「もしかして……異変がないのなら、世界樹には招かれないということなのかしら」
「……だとすれば身勝手な話だな。必要な時だけ呼ばれて、終わったらすぐに放り出されるだなんて」
「そうですね……。でも、どうすればいいのかしら」
レティシアは途方に暮れて、憂鬱な息を吐く。アルフレッドは少しの間考え込んでいたが、ふとレティシアの首にかけられた魔法石のネックレスに気づいて、ハッとした。
「そうだ、レティシア。たしかユニコーンの乙女の過去を視た時、その魔法石が光っていなかったか?」
アルフレッドに指し示され、レティシアは自分の首元の魔法石を手に取って確かめる。
「確かに光っていた気がしますわ。これは、魔法工房の鍵として、出発前にお父様からお預かりしたものなのですけれど……」
「魔法工房の主はお前の母君であるフィリアだろう。彼女が世界樹と契約していたのなら、もしかしたらその魔法石がその媒体にされていたんじゃないか? だったら――」
「なるほど! この魔法石を使えば、世界樹に変化をもたらすことができるかもしれないということですね!」
明るい顔で納得し、レティシアは魔法石を握り込んで、魔力を込めようと集中し始めた。
魔力によって手元がほんのりと光り輝き、魔法石へと力が流れ込む感覚をレティシアははっきりと感じる。しかし魔法石は仄かな光を放つばかりで、大きな変化を見せようとはしなかった。
「ふぅ……妙ですわね。魔力が足りないのかしら」
レティシアは一度張り詰めていた息を吐き、さらに強く魔力を魔法石に集中させる。
その時、魔法石は眩い光を放ち始め、同時にレティシアの全身から尋常ではない魔力の奔流があふれ出した。
「っ……!? うっ……」
「レティシア!」
小さくうめきながら苦しむレティシアを見たアルフレッドは、咄嗟に彼女に飛びついて、その手から魔法石を奪おうとする。しかし彼女の指はしっかりと魔法石を握り込んでしまっており、アルフレッドはすぐに彼女からそれを取り上げることはできなかった。
「あぁぁっ……!」
「ぐっ……!」
荒れ狂う魔力に焼かれるような感覚の後、レティシアとアルフレッドは、ここではないどこかの光景を幻視する。
――静かな木々が並ぶ森。そのただ中で泣きじゃくっている少女。
『嫌、嫌よっ! こんなの認めないっ……!』
絶望を拒絶する言葉を叫びながら、彼女――レティシアは泣きじゃくる。
直後、目がくらむほどの閃光が煌めき、レティシアとアルフレッドは互いに互いを抱き締めた体勢で元の場所へと戻ってきた。
「今のは……わたくし?」
呆然と呟くレティシアに、アルフレッドも困惑の目を向ける。だが、それが意味するところに考えを巡らせようとする前に世界樹の根元が光を放ち、二人の体はそこへと吸い込まれた。
「きゃああっ!」
「うわぁっ!」
魔法石の輝きによって起動したと思われる世界樹の根元は、二人を吸い込むことはしたが、今までのようにどこかに押し流そうとすることはしなかった。
どこにも行くことができず、二人は狭間の空間で漂流する。恐らく、世界樹からすれば招かれざる二人を導く必要はないということなのだろう。
「っ……」
このまま永遠にここを彷徨い続けることになるのでは、という恐怖でレティシアはアルフレッドの体に抱きつく。それに気づいたアルフレッドは、ぐっと唇を引き絞ると、彼女の体をさらに引き寄せ、必死で目的地を思い浮かべようとした。
向かうべき目的地も分からないのでは、世界樹も自分たちを導けないのかもしれない。そんな根拠のない希望に縋り、アルフレッドはぐっと目を閉じて集中する。
たどり着くべきなのは世界樹の内側にある図書館。そして、レティシアの母親であるフィリアの手がかりがある場所だ。
幼い頃のおぼろげな記憶を掘り起こし、アルフレッドはフィリアの顔を脳裏に浮かべる。
レティシアによく似た顔立ちだが、目には苛烈な色が宿った厳格な貴婦人。
はっきりと彼女の顔を思い浮かべた途端、アルフレッドの内側に芽生えてしまった疑心が湧き上がる。
どうして彼女は、俺に手紙を渡してくれなかったのか――
その嘆きと怒りが入り交じった感情に、アルフレッドの内面が塗りつぶされそうになったその時、二人の体は急に加速し、狭間の空間から弾き出された。
「いでっ」
「きゃっ!」
きつく彼女を抱き締めていたせいで、またもや彼女の下に押しつぶされる形で着地することになったアルフレッドは、床にぶつけた頭を押さえながらレティシアの下から這い出てくる。
「うぅ……レティシア、無事か?」
「ええ、ありがとうございます。少し体が気だるいですが……。それより、目的地にたどり着けたのかしら」
レティシアはふらつきながら立ち上がると、ごまかすように辺りを見回した。
二人の周囲に広がっているのは、明るく開けた近代的な図書館の光景だった。
今まで訪れた図書館と大きく違うのは、明るい雰囲気であることだ。あちらこちらに明かりが用意されている上、天井の大きな天窓からも柔らかな光が降り注いでおり、四方が無数の本棚に囲まれているとしても圧迫感を感じることはない。
その中心にある閲覧スペースと思われる場所にレティシアたちは立っていた。そこには本を閲覧するための机や椅子が置かれており、多数の本が積み上がっている。
まるで誰かがついさっきまでここで本を読んでいたかのような光景に、レティシアは首をひねる。
「なんだか妙な場所ですわね……」
対するアルフレッドは、レティシアにごまかされたことに気づいており、彼女の顔を心配そうに覗き込んだ。
「本当に大丈夫か? 顔色が悪いが……。魔力の使いすぎじゃないか? まさか魔法石のせいで……」
「い、いいえ! 魔力の使いすぎなのは事実なのですけれど、さっきのあれは体質で……」
レティシアは何かを隠すかのように目をそらしながら後ずさる。
その時――周囲に広がる本棚の奥から、一人の女性が不思議そうに姿を現した。
「あら、貴女たちは……」
その優しく甘い声色に、レティシアは聞き覚えがあった。
振り返って彼女の顔を見ても、なぜか紙にインクをにじませたかのように判然としない。だが、彼女にはそれが誰なのかが、はっきりと分かった。
レティシアは呆然と、衝動のままに口を動かす。
「まさか、おかあ――」




