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第26話 渡されなかった手紙

「それにしても驚きましたわ。まさか、わたくしのお母様があの工房で特効薬の研究を行っていて、その上、世界樹にも関わりがあっただなんて。世界樹で何か現状を変える手がかりが見つかればいいのですけれど」


「……ああ、そうだな」


 アーシェから助言を受けた二人は、世界樹に向かって森を歩いていく。だが、なぜかアルフレッドの表情は優れなかった。


 俯きがちに歩くアルフレッドに、レティシアは気遣わしげな視線を向けて立ち止まる。


「殿下、どうかなさったんですの? 何か気になることでも?」


「……」


 アルフレッドはしばらく黙っていたが、それでも視線をそらさないレティシアに根負けして、一冊の本を胸元から取り出した。


「実は、さっき工房でこれを見つけたんだ」


 手渡されたそれをレティシアはまじまじと見つめる。素人が本の形にまとめたのだと分かるそれを開いてみると、そこには幼い筆跡の絵と物語が綴られていた。


「これは……手作りの絵本ですの?」


「ああ。俺が幼い頃、作ったものだ」


「えっ?」


 驚きで目を丸くし、レティシアはアルフレッドに視線を向ける。アルフレッドは居心地が悪そうに話し始めた。


「お前が母親と言っていたフィリアという名は……俺に物語を書くよう薦めた教育係と同じ名前なんだ。本当に幼い頃だけにしか会っていなかったから、ファミリーネームまでは記憶になかったんだが」


「まあ、そうだったのですね! お母様がそんな形で殿下と接点があっただなんて、なんだか嬉しくて誇らしいですわ!」


 レティシアは、ぱあっと明るい顔で感激する。だが、アルフレッドは苦々しい面持ちで目をそらした。


「その本の最後のページ、開いてみろ」


「最後のページ?」


 言われるがままにレティシアはページを開く。するとそこには、古びた手紙を収めた封筒が挟まっていた。


「これは……手紙?」


「母上から俺に向けた手紙だ。俺の贈った物語への感想が書いてある。……だけど俺は、一度も母上からこんな手紙を受け取っていないんだ」


 レティシアはゆっくりと時間をかけて、その言葉が意味するところを理解すると、驚きのまま呆然と口を動かした。


「まさか、わたくしのお母様が、殿下に手紙を渡さずに隠していた、ということですの?」


「状況的にはそうとしか思えない。どうしてそんなことをしたのかまでは分からないがな」


 暗く沈んだ表情で言うアルフレッドに、レティシアはかけるべき言葉が見当たらずに黙り込む。アルフレッドは、悲しみと怒りをほんの少しにじませながら、ぽつりぽつりと語り始める。


「俺は、母上に物語を贈り続けながら、本当は読まれていないんじゃないか、こんなこと無駄なんじゃないかってだんだん疑心暗鬼になっていた。最後の方は書くこと自体が苦しかったぐらいにはな。だから、こんな手紙があるのなら、もっと早くに知りたかった。なんで彼女は俺に渡してくれなかったんだって、どうしても思ってしまうんだ」


 彼の感情の吐露を最後まで聞き終わっても、レティシアはすぐにアルフレッドに声をかけることはできなかった。


 憶測で慰めの言葉をかけるのは簡単だ。だけど、根拠のない憶測を素直に信じられるほどアルフレッドの悩みは軽くないし、子供だましの言い方で慰めるのも彼に対して不誠実だ。


 だから、レティシアは息を深く吸って吐くと、努めて前向きな表情で彼に告げた。


「殿下、まずは世界樹に行ってみましょう! 世界樹には過去の真実が刻まれているはず。今ここで悩むよりも、まずは確かな真実を確かめるのが先決ではありませんこと? 前に進まなければ何も始まりませんから!」


 あまりに堂々と胸を張って言うレティシアに、アルフレッドはポカンと口を開けてあっけに取られた後、ふっと噴き出して笑った。


「そうだな。レティシアの言うとおりだ」


 どこか毒気の抜けた表情で笑いながら、アルフレッドは何気ない口調で続ける。


「お前の隣にいると、それだけで元気になる気がするな。ずっと一緒にいたいと思うぐらいに」


「えっ? それって――」


 レティシアがきょとんと尋ね返し、アルフレッドは自分が今、気恥ずかしい言葉を口走ったことに思い至る。


「ち、ちがっ……今のは別に……!」


 しかし、それを否定しようと言葉を連ねようとしたその時、どこからともなく現れた小さな妖精たちが、一斉にアルフレッドの発言を囃し立ててきた。


『告白だ!』


『愛の告白だ!』


『結婚おめでとう!』


『祝福しなきゃ!』


「う、うるさいっ! お前らあっちいけ!」


『きゃーっ!』


 アルフレッドは腕を振り回し、妖精たちを追い払う。彼の顔は熟れた果実のように真っ赤に染まっており、レティシアはあらあらと微笑ましそうにそれを眺めていた。


 そんな彼女にアルフレッドは勢いよく振り向くと、早口で捲し立てようとする。


「違うんだ! 別に俺は、そういう意味で言ったんじゃなく!」


「ええ、分かっていますわ。殿下は植物ではなく人間ですもの。わたくしの固有魔法は、植物を元気にするものですからね?」


「えっ、あっ、違う! そういう意味でもなく! 俺はっ!」


 わざとすっとぼけて揶揄うと、アルフレッドはいっそ面白いほど動揺して慌て始める。レティシアはくすくす笑いながらそれを見守り、彼が落ち着いてきた頃になって改めて尋ねた。


「でも、そもそも殿下はどうしてこの森にわたくしを探しに来てくださったんです? 殿下とわたくしは、あの騒動の時にしかお会いしていないはずですのに」


「は? どうしてって……」


 アルフレッドはぶっきらぼうに答えようとしたが、その感情の正体を言葉にすることができなかったのか、目をそらしながらぼそぼそと言うことしかできなかった。


「……分からない。でも俺は、あのままお前と婚約破棄するのは嫌だって思ったんだよ」


 本音をそのまま口にしたアルフレッドは、徐々に気恥ずかしさが増してきて、声を張り上げて誤魔化しながら、足早に歩き始めた。


「この話は終わりだ! さっさと世界樹に向かうぞ!」


「まあ。ふふふ」


 感情に振り回されているアルフレッドの幼さに微笑ましい目を向けながら、レティシアは彼の後を追いかけていった。

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