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第25話 魔法工房の主

「なんでって、妖精王とやらになったからじゃないのか?」


 石窯の周りでうきうきと飛び回る妖精たちを遠目で見ながら、並んで腰かけて二人は話し合う。レティシアは首をひねって考え込んだ。


「それはそうなのですけれど……。もしかしたらわたくしたちに、妖精と関係のある要因が元々あったのではと思ったんです。私の一族には、太古の昔、超常的な存在に力を授けられたという言い伝えがありますの。それが妖精なのか神なのかは定かではありませんが」


「なるほど……そういうことなら、我が王家も妖精に関する言い伝えはあるぞ。特に有名なのは、遙か昔、妖精に助けられた末っ子の王子が、悪い王様を倒して王位を手に入れたという話だな」


 アルフレッドの話を興味深そうに聞いていたレティシアは、とあることに気づいてさっと青ざめた。


「殿下、それってまずいのではないでしょうか?」


「まずい? 何がだ?」


「妖精に助けられた末っ子王子が王になるという伝説があるのなら、妖精と話す力があることを王位継承の根拠にするのは自然な流れですわ。もし殿下が妖精と話せることが公になれば、殿下を王位に就けようとする人間が現れてもおかしくありません」


 アルフレッドは目を見開いて絶句する。お互いそのことに思い至っていなかった間抜けさを呪いながらレティシアは付け加える。


「もちろん、殿下が王位を望まれるのであれば朗報なのですが」


 そう言われてから十数秒、アルフレッドは固まったままだったが、よろめくように頭を抱えると、レティシアに聞こえない声量でぼそぼそと呟いた。


「はぁ……こうなってくると、迂闊に王都に帰るのも得策じゃないな。……お前のことを政争に巻き込みたくないし」


「え?」


「何でもない。ほら、そろそろパンが焼き上がるぞ。妖精たちに話を聞くんだろう?」


 アルフレッドは立ち上がると、石窯へと歩み寄る。レティシアも怪訝な表情ではあったがその後に続いた。


 石窯の戸を開いて中を確認すると、パンはすっかりキツネ色になって焼きあがっていた。ちらほらと焦げた部分は存在しているが、初めてにしては上出来というものだろう。


 戸を開けた途端に広がる小麦が焼けた甘い匂いに誘われ、妖精たちはうずうずしながら期待のこもった目でパンを見つめる。


『はやくはやく!』


『もう待ちきれなーい!』


「はいはい、そんなに急かさなくても皆さんに差し上げますよ」


 レティシアは優しく言いながら、アルフレッドと二人がかりでパンを窯の中から取り出す。そして、近くにあった工房の作業台の上にそれを並べると、妖精たちは一斉にパンに殺到した。


『やったー!』


『嬉しい!』


『全部食べちゃおう!』


 つむじ風のような勢いでパンはあっという間に持ち去られ、妖精たちは各々好きな場所でそれをほおばり始める。一瞬の出来事にとっさに反応できず、二人の目の前に残されたのはわずかに残ったパンくずだけだった。


 その持ち去られたパンもすぐに平らげられ、妖精たちは満足した様子で次々に姿を消していく。勢いに圧倒されて固まっていたレティシアは、そこでようやく肩を落とした。


「情報を聞き出す前に逃げられてしまいました……」


「奴らとしては、石窯を作ったことがパンを貰う代償という認識だったのかもな……」


 アルフレッドも、今までの努力が水の泡となった徒労感でがっくりと項垂れる。


 その時、パカパカと軽やかな蹄の音が近づいてきて、ユニコーンのアーシェが森の奥から姿を現した。


「おや、何を作っているのかと思えば、フィリア様が研究していたサラディメル病の特効薬じゃないですか。懐かしいですね」


「えっ」


 ここで聞くはずのない名前と単語を並べられ、レティシアは身を乗り出してアーシェに問いかける。


「アーシェさん、お母様が――フィリア・イルソイールがここにいたんですか……!?」


「ええ、いらっしゃいましたよ。レティシア様のお母様だったのですね」


 こともなげに肯定するアーシェに、レティシアは衝撃で思わずふらついてしまう。アルフレッドもまた驚愕で目を見開き、無意識のうちに自分の胸元を――そこにしまい込んでいる自作の本に触れる。


 アーシェはそんな二人の変化を気にせず、すらすらと説明し始めた。


「彼女はサラディメル病の特効薬を研究しに、未知の材料溢れるこの森を訪れたんです。そして、世界樹と契約をしてパンの形の特効薬を作り出すことに成功した、と妖精たちの噂で聞いたことがあります。遠目で見たことはあっても直接会話したことはないので、詳しくは存じ上げませんがね、ヒヒン」


「……本当か? 何か隠しているわけじゃないだろうな!」


 アルフレッドは妙に警戒したまなざしをアーシェに向ける。しかしアーシェは飄々とした雰囲気で歌うように返した。


「そう睨まないでくださいよ。私は歴史に干渉しないことを条件に妖精王に生かされた身なのです。だから深入りはできないんですよ」


 どこか他人事のように言うアーシェに、言い返す言葉が思いつかなかったアルフレッドは、ごまかすように顔を背ける。


「……そうか、睨んで悪かったな。一応謝っておく!」


「ヒヒン、素直じゃありませんねぇ。ところで、どうして殿下までそんなに驚いて動揺した顔をしているんです? 何か個人的な理由でも?」


「それは……」


 意地悪な色を含んだ声で、アーシェはアルフレッドへと問いかける。アルフレッドは返事に困って黙りこくった。


 アーシェはそんな彼と、彼の変化に気づいて心配そうにしているレティシアを見比べた後、さらりと二人に助言をもたらした。


「フィリア様は世界樹のもとへと頻繁に通っていらっしゃいましたよ。手がかりを探したいのであれば、そこをあたるのがよろしいかと」

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