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第22話 母の思い出

「んー! 殿下の料理は本当に美味しいですわ!」


「大げさなんだよ、お前は。確かに、工房にあったレシピ本は参考にしたが」


「もっと誇ってくださいませ! わたくし、ヤトマトの実はあまり得意ではないのですけれど、とっても美味しく感じますもの!」


 満面の笑みで言うレティシアに、アルフレッドはほんの少し頬を紅潮させて目をそらす。


「料理ができたって意味ないだろ。俺は王子であって料理人じゃないんだから」


「あら、料理を研究する王子というのもありだと思いますわよ? 他国の賓客をもてなすための研究という意味では、国のためになる立派な才能ですわ!」


「……あっそ、まあそうかもな」


 照れ隠しでぶっきらぼうに言いながら、アルフレッドは皿の中のスープを口にする。


「お前が用意した食材が美味しいというのもあるだろう。どんな種を植えても一晩で収穫できるなんて、レティシアの魔法は便利だな。イルソイール家に発現するという固有魔法か? 生まれつき使えたのか?」


「いいえ、確かにこれは固有魔法ですが、生まれつきのものではありませんの。幼い頃大きな病気をして、それが治ってからこの魔法が使えるようになったのですわ」


「大きな病気?」


 重々しい雰囲気を感じさせず、さらりとレティシアは言う。アルフレッドはスープを食べる手を止めた。


 レティシアはほんの少しだけ悲しそうな顔になって、話を続けた。


「わたくしは3歳の頃、サラディメル病にかかったんですの。当時は不治の病とされていたのですが、お母様が子どもであれば完治する特効薬を開発して……わたくしは一命を取り止めて、その直後に固有魔法を発現したのですわ。でもお母様は、その病に罹患して帰らぬ人に……」


「そうか……」


 アルフレッドはまるで自分のことのように暗い表情になると、今にも涙がにじんでしまいそうな顔で目を伏せる。レティシアは慌てて明るい声を作った。


「そういえば、殿下のお母様はどんな方なんです? 側室だという話はお聞きしておりますが」


 ぴしりと、二人の間の空気が凍った気がした。アルフレッドは俯いたまま、震える声でレティシアに尋ねる。


「……それは、事情を知らないで聞いているんだよな?」


「すみません。わたくし、研究ばかりしてきたので、そういった世間のことに疎くて存じ上げなくて……。聞いてはいけないことでしたか?」


 正直に話すと、アルフレッドは深く憂鬱な息を吐き出した。そして、聞き取るのがやっとなほど小さな声で、彼はぼそぼそと話し始める。


「病死したんだよ。俺を生んだ直後に不治の病にかかって……俺に移るといけないからと言われて、ちゃんと顔を合わせたこともない。関わりと言えば、この本ぐらいだ」


 アルフレッドは懐から、一冊の本を取り出した。初日に神秘王へメッセージを作った時に、情報を伝えるためにページを破ったあの手製本の本だ。彼はその表紙を優しく撫でながら、愛しい記憶を語るように口を動かす。


「幼い頃、教育係の一人としてまれに通っていた女性に、手作りの本を作って母上にプレゼントすることを薦められたんだ。物心ついたころには、俺は物語を作るのが好きだったし、病気でずっとベッドから離れられない母上のためにもなるって言われてな」


「まあ、それは素敵ですわね! 病床に伏せている時は、本以外に暇を潰せるものは少ないですもの。気持ちは分かりますわ!」


 明るい表情で同意され、アルフレッドは何か言いたげな表情になったが、結局反論も同調もせずに話を続けた。


「俺は素直に本を作っては、その女性を通じて母上にプレゼントしていた。でも、母上から手紙が返ってくることはなかったんだ。女性の口から伝言という形では聞いていたが、だんだん疑いを持ち始めてな。本当は母上は俺の物語を読んでないんじゃないか、伝言というのは女性のねつ造なんじゃないかって」


「殿下……」


「その直後に俺は物語の本を取り上げられ、母上に本を贈ることも禁じられた。この本は書きかけでなんとか取り上げられるのを阻止した、最後の一冊なんだよ」


 消え入りそうな声でそう言いながら、アルフレッドは本へと視線を落とし続ける。場違いな発言をする時もあるレティシアですら、言葉を発するのをためらう気まずい空気が二人の間に流れる。


 数十秒かけてアルフレッドはぐっと感情を飲み込むと、無理矢理明るい声を作って言った。


「それにしてもスープばかりで飽きてきたな! パンがあったらいいんだが、流石に本腰を入れないとパンは焼けないからな。可能であれば石窯も欲しいところだし」


「……そうですわね。いつか殿下の作るパンを食べてみたい思いはありますが」


「フン、その機会が来ないまま、この森から脱出するつもりではいるがな! いつまでも世界樹の都合に振り回されるつもりはない!」


「ふふ、それは心強いですわ」


 力強く言うアルフレッドに、レティシアは自然と笑顔になる。陰鬱なものになっていた二人の雰囲気は、自然と振り払われていた。


 その時、風が枝葉を揺らすような、かすかな声が二人のもとへと近づいてきた。


『王様、王様!』


『パンを作るの?』


『たべたーい』


『はやくはやく!』


 二人がそちらに振り向くと、いつの間にか殺到していた妖精たちがきらきらと期待を込めた目でレティシアたちを見つめていた。

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