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第21話 おぼろげな記憶

 ふわふわと真綿に包まれているかのような柔らかな浮遊感。それを全身で感じながら、レティシアはそっと目を開いた。


「あら、起きたのねレティシア」


「お母様……?」


 いまだぼんやりとした意識のまま、レティシアは声の主――彼女の母親であるフィリアに問いかける。フィリアは遠い記憶の中と同じ姿で、穏やかに微笑んだ。


「こんなに温かい日和なんですもの。まだ眠かったらお昼寝していても構わないわよ?」


「……ううん、起きてお母様のお手伝いしたい……ふぁああ……」


 大あくびをして体を起こしながら、レティシアは自分の視界が随分と低い位置にあることに気がついた。己の手を持ち上げて確認すると、ふっくらとした子どもの手になっており、極めつけにはレティシアの隣では幼い弟が眠りこけている。


 弟のリリアックは、レティシアから見て2歳年下で、今年16歳になる。だが、今目の前にいる弟の姿はどう見ても3歳前後にしか見えず、レティシアはそこで、これが夢であると自覚した。


「レティシア、あなたは妖精王というものを知っているかしら」


「妖精王? 妖精に王様がいるのですか?」  


 レティシアの意思とは関係なく、彼女の口は勝手にフィリアへと問いかける。フィリアは辛い出来事を隠しているのを悟らせまいとしているのか、痛ましい色を宿した目を細めて微笑んだ。


「わたくしはね、妖精王とお話ししたことがあるのよ。とても大切な研究に行き詰まった時にね」


「ええっ、本当ですかお母様!」


 彼女の言葉に、幼いレティシアはぱあっと目を輝かせて話をせがむ。するとフィリアはそんなレティシアの頭を優しく撫でてきた。


「ごめんなさい、レティシア。わたくしのワガママを通してしまって」


「お母様……?」


 母の言うことの意味が分からず、レティシアは不安そうな眼差しをフィリアに向ける。フィリアはレティシアをぎゅっと抱きしめた。


「レティシア、わたくしの可愛い子。貴女はきっと妖精王と関わることになるわ。だけど忘れないで。もしわたくしが妖精王と会うことがあったとしても――」






 レティシアが目を開くと、木を組み合わせて作られた工房の天井があった。窓辺からは小鳥のさえずる声が聞こえてきて、差し込んでくる朝の光が寝起きの目には眩しく感じる。


「お母様……」


 起き上がって顔に触れると、目元に涙が伝っていることに気がついた。どうやら自分は夢を見ながら泣いていたようだ。


「……ダメね。しっかりしないといけないのに」


 ぽつりと呟きながら目元を指で拭っていると、不意に入口の方からアルフレッドの慌てた声が聞こえてきた。


「レ、レティシア!? どうしたんだ? 何かあったのか? やっぱりこの森から出られないのが不安なのか? 大丈夫だ、俺が絶対に妖精王の役目から解放される方法を考えるから……!」


 鍋をかき混ぜる木杓子を片手に持ち、狼狽えながらも早口で捲し立ててくるアルフレッドに、レティシアはきょとんと目を丸くした後、ふふっと笑いを漏らした。


「違いますわ、殿下。少し懐かしい夢を見ただけですの」


「懐かしい夢?」


「はい。早くに亡くなった母が抱きしめてくれた夢で……何を話していたのかはほとんど忘れてしまったのですけれど、とても優しい夢だったことは間違いありませんわ」


 愛おしそうに語るレティシアに、アルフレッドは気まずそうな表情になる。レティシアはそれに気づかず、夢の余韻に浸るように目を閉じた。


 その時、レティシアはふとあることに思い至った。


 夢の中の母は、妖精王の話をしていなかったか? それに世界樹の狭間にあたる空間で、母親の姿を見たような見ていないような……。


「うーん……」


「レティシア、どうかしたか?」


「いいえ、ただの思い違いかもしれません。それよりもしかして、また朝食を作ってくださったのですか? わたくしも料理はできるので、起こしてくださればよろしかったのに……」


 申し訳なさそうに眉を下げるレティシアに、アルフレッドは顔をしかめた。


「……お前の料理は嫌がらせと思われても仕方がない味がするからな。自分が作ったほうがマシなものが食えると判断しただけだ」


「まあ、殿下は舌が肥えていらっしゃるのね。確かに屋敷でも、わたくしの手料理で喜ぶ方は少なかったけれど」


「自覚があるんじゃないか! まったく……」


 ぶつぶつ言いながら家の外に出ていくアルフレッドを追いかける形で、レティシアも顔を洗いに泉へと向かう。数分後、レティシアとアルフレッドは、鍋を挟んで椅子代わりの丸太に腰かけていた。

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