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第19話 残された者の気持ち

「今のは……」


 呆然とつぶやくアルフレッドの手にはすでに歴史書はなく、本棚の元の位置へと勝手に戻っていた。レティシアは悲しみのまま目を伏せ、小さく呟く。


「きっと、物語によって捻じ曲げられていない過去の真実だと思いますわ。……とても残酷だけれど」


 今にも涙を零してしまいそうなその表情に、アルフレッドは狼狽えてオロオロとした後、小さく咳ばらいをして自分を落ち着かせた。


「とにかく、今見た過去からわかるのは、妖精王が本来行うべきなのは、魔術王へのお告げを下すことだということだな!」


「そう、ですね……。でも、仮にそれを行ったとしたら、クエリアさんが自ら命を絶つ過去は変えられないわ」


 絶望の淵に沈んで思考を止めてしまっているレティシアに、アルフレッドは自分を奮い立たせて、打開策をひねり出した。


「今のクエリアに必要なのは、アーシェを回復させるための方法だろう。だったら魔術王の代わりにそのためのアイテムを、彼女と対話できる今、渡せばいいんじゃないか?」


「アーシェさんを回復させるアイテム? 殿下はそれをご存じですの?」


 暗く沈んでいたレティシアの目に、かすかな希望の光が宿る。アルフレッドは胸を張った。


「いや、知っているわけではないが……世間一般で言う妖精を回復させる方法なら分かる! 妖精は清らかな水に全身を浸すと、長い時間をかけて傷を癒すことができるというのは、物語でよくある話だからな!」


 空元気を出して、アルフレッドは高らかに言う。レティシアは停滞していた思考を、巡らせ始めた。


「確かに過去の中でアーシェさんは水に浸かっていましたわ。きっと魔術王があの泉を作ったのでしょうけど、水を清浄な状態に保ち続ける浄化魔法をかけ続ける方法なんてわたくしは……あっ!」


 レティシアは突然素っ頓狂な声を上げると、アルフレッドの両手を握りこんだ。


「殿下! 殿下の力があれば可能かもしれませんわ!」


「お、俺の力?」


 不意打ちで訪れた異性との接触に、アルフレッドはどぎまぎとしてしまう。自分から手を握る分には問題はないが、相手から積極的に距離を詰められると、ただの奥手な少年のような反応をしてしまうのが彼という人間だ。


 そんな動揺を一切察することなく、レティシアは自分の腰につけたカバンから革袋に入った植物を取り出した。


「セイレンカ。別名を浄化花という浄化の性質を持つ花です。これに浄化魔法をかけて加工すれば、周囲の環境を浄化する『浄化結晶』になる――はずです。過去の記憶の中で泉に沈んでいたのも、おそらくはこの結晶なのでしょう」


「なるはず? 随分と曖昧な言い方だな」


 アルフレッドの指摘に、レティシアはほんの少しだけ表情を曇らせる。


「研究者の間でも、セイレンカの研究はあまり進んでいませんの。具体的な記録が残っている成功例は存在しておらず、偶発的に錬成できたという例がいくつかあるだけ。でも、賭けてみる価値はあると思いますわ。王族は浄化魔法を使えるのでしょう?」


「うっ」


 力強く彼女が問いかけると、アルフレッドは気まずそうに小さくうめいた。


「殿下? どうされたのですか?」


「……俺は、そもそも魔法が苦手なんだ。魔力にも乏しいし、兄上が当たり前のようにできることが俺にはできないし、だからろくに浄化魔法の練習をしたことがなくて……」


 目をそらしてぼそぼそと言うアルフレッドの横顔をレティシアはじっと見つめると、一歩踏み出して彼との距離を詰めた。


「殿下。今朝、貴方が作ってくださったスープはとても美味しかったですわ」


「え?」


 アルフレッドはきょとんと眼を丸くする。レティシアは畳みかけるように言葉を続けた。


「浄化魔法は対象をより良い状態に改善する魔法です。あの時、アマツイモに移った殿下の魔力は、間違いなく浄化魔法に適したもののはずです。どうか自信を持って、挑戦していただけませんか?」


 お世辞でも詭弁でもない言葉で正面から説得され、アルフレッドは目を見開いたまま硬直する。


 彼の周囲には、彼に対してこんな風に期待をかける人間はいなかった。優秀な兄たちよりも劣った、権力闘争の道具にすら満足にならない落ちこぼれ。


 そんな己にここまで真摯な言葉をかけられ、アルフレッドはじわりと目の端に涙を浮かべながら、照れ臭そうに鼻をすすった。


「……分かった。俺がここで怯んでいても何も解決しないしな。その、ありがとう。レティシア」


「ふふ、どういたしまして」


 春に咲く花のようにふわりと優しく微笑むレティシアの顔を直視できず、アルフレッドは話を逸らすように彼女に背を向ける。


「問題はそれでもなお、悲劇に繋がらないか心配なことだが……」


「ええ、わたくしたちが干渉することで、歴史を変えてしまわないかという危惧もありますからね……」


 レティシアは憂いの滲む声で答える。


 その時、本棚の向こうからクエリアの懇願が大きく響いてきた。


『妖精王様、お願いします! 私の命を引き換えにしても構いません! だからどうか……!』


 血を吐くような悲痛な色を含んだその声に、アルフレッドは答えようと足を踏み出しかける。しかしそんな彼よりも先に、レティシアは本棚に駆け寄ると、クエリアを叱り飛ばした。


「命を引き換えにだなんて……軽々しくそんなことを言ってはいけませんっ! あなたがいなくなった世界で目覚めた彼が、どんな思いをするか分からないのですかっ!」


『っ……!』


 クエリアは息をのみ、何も言えなくなったようだった。レティシアも衝動的に言葉をかけたはいいものの、どうやってクエリアに話をするべきかわからずに、アルフレッドへとちらりと視線を向ける。


 アルフレッドはごくりと唾を飲み込むと、威厳たっぷりに本棚の向こうに語り掛けた。


「クエリア、お前に愛する者を助ける知恵を与える。ただし、条件が二つある」

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