第16話 勝者の特権
「……ええ、そうですわね。前回のことを考えると、ユニコーンの話が書かれた本が欠けている場所が、目的地ということでいいのかしら」
レティシアも立ち上がると、アルフレッドと同じく、きょろきょろと辺りの様子を確認する。
二人の周囲に広がっているのは、前回同様に本棚が無数に並んだ図書館だ。だがその構造や雰囲気は前回と異なっている。
薄暗い空間だということは共通しているが、そびえ立つ本棚のあちらこちらには蔦が這い、鼻をくすぐるのも濃い森の香りだ。森の中に作られ放棄された図書館だと言われれば納得する光景であったが、奇妙なのは生き物の息吹が一切感じられないことだろう。
「これでは前回の探索の記憶は、頼りにできなさそうだな」
「そうですね……。前回の場所とどこかで繋がったりしているのかしら」
歩き始めながら、二人はきょろきょろと違和感のある場所を探していく。前回と同じく本棚の列は無数に続いている。その上、時折迷路のように複雑な場所も存在しているせいで、二人の方向感覚はあっという間に狂ってしまった。
「ダメだ。どこから来たのか、もう分からなくなった」
「これでは、一度はぐれたら二度と合流できないかもしれませんね」
「ああ、手分けするのは止めておこう。異変解決のために世界樹に呼ばれたんだから、きっと目的地は付近にあるはずだ」
うっすらと滲んでくる不安を飲み込み、二人は自然と体を寄せ合って歩き続ける。そうやってしばらくの間探し回っていると、アルフレッドはとある本棚に気がついた。
「見つけた、魔術王オルテア! これだ!」
「え?」
本棚に駆け寄って、アルフレッドは背表紙の文字を再確認する。彼の言うとおり、そこに書かれていたのは『魔術王オルテア』という名前だった。
レティシアは不思議そうに首をかしげる。
「殿下。わたくしたちは、ユニコーンの伝説が書かれた本を探していたのではないのですか?」
「ああそうか、レティシアは物語に馴染みがないからピンと来ないのか。神秘の森のユニコーンの話は、魔術王オルテア伝説の一部として語り継がれたものなんだ」
アルフレッドは一度振り返った後、本棚に抜けた部分がないかを確認しながら語り始めた。
「魔術王オルテアは、膨大な魔力を駆使して数多の悪しき怪物を退治したとされる英雄でな、世界樹と契約していたとも、数百年生き続けたとも言われている英雄なんだ」
「悪しき怪物……。アーシェさんも怪物扱いされて魔術王に退治されたうちの一人ということですの? あの時見えた光景から察するに、アーシェさんが少女を無理矢理攫ったというのは勘違いだったのではと思うのだけれど……」
血だまりに沈むユニコーン。彼の血にまみれながら絶望で泣きじゃくる少女。あれは間違いなく、愛し合う相手を失った者の慟哭だった。
あの光景が過去に本当にあった真実だとするのなら、魔術王の伝説に語られている内容には嘘が含まれていることになる。レティシアは、偽りの物語が語り継がれていることへの困惑と義憤が混ざり合った表情で顔を曇らせたが、アルフレッドは平然とその答えを提示した。
「……そうだろうな。だが物語とはそういうものなんだ」
「え?」
「物語や歴史というものは、いつだって勝者の側の視点で描かれるものだ。多くの場合、そもそも敗者は物語を残すことができないからな。あの時、垣間見えたユニコーンと乙女の光景と語り継がれた物語が違っていても、勝者側が真実を好きなようにねじまげたからだと考えれば納得できる」
彼の語り方は単調ではあったが、ほんの少しのさみしさも含んでいた。レティシアはそこに込められた嘆きを受け取り、目を伏せる。
「なんだかそれって悲しいですわね。確かにそこに生きていた方々の意思を無視して、都合の良い物語を語り継ぐだなんて」
「……そうだな。もし自分が未来でそんな風にねじまげられて語られていると知ったら、怒りでおかしくなっても仕方ない」
アルフレッドも表情を曇らせ、アーシェへと思いを馳せる。きっとアーシェは偽りを含んだ物語が語られていることを知っているのだろう。知った上で、それに怒り狂うことはなく、あの結末に満足しているとまで言っている。
何がアーシェをそこまで穏やかにさせているのか。それさえ分かれば、打つ手も見えてくるのだが。
その時、二つ先の本棚あたりから、先ほど光の中で聞いたばかりの少女の声が聞こえてきた。
『妖精王様、どうか、どうか――!』




