第15話 一瞬の交錯
レティシアが遅れて世界樹に到着すると、アルフレッドはすでにその根元で待機していた。彼の目の前には、前回吸い込まれた時同様に光を放つ根元の穴があり、その光はレティシアが到着すると輝きを増した。
「来たか、レティシア」
「これは……世界樹側の準備は万端ということでしょうか」
まばゆいほどの光を放つ穴を前にして、レティシアとアルフレッドは隣り合って視線を交わした。
「レティシア。アーシェのことだが……」
「わたくしは諦めるつもりはありませんわ。アーシェさんに悲しい結末を辿らせたくはありませんもの」
力強い眼差しで宣言するレティシアに、アルフレッドはぶっきらぼうに返す。
「お人好しにもほどがあるな。自分が消滅する危機が迫っているかもしれないのに」
「あら、殿下だって同じ気持ちでしょう? このまま言われるがままに行動するのは気に入らない、という目をしていらっしゃいますよ?」
挑戦的な眼差しで彼女は指摘する。アルフレッドは照れ隠しをするように顔をそらした。
「……フン、俺はハッピーエンドの物語が好きなだけだ! バッドエンドなんて性に合わん!」
「ふふ、わたくしもハッピーエンドのほうが好みですわ。気が合いますわね」
くすくすと可憐に笑うレティシアを見て、アルフレッドは素直ではない仕草で鼻を鳴らす。レティシアはそんな彼に手を差し出した。
「殿下、手を繋ぎましょうか。はぐれてはいけませんし」
「……仕方ないな。やむを得ず繋ぐだけだ。向こう側に着いたらすぐに離すからな!」
言い訳じみた声色で高らかに言いながら、アルフレッドはレティシアの手を取って握り返す。二人の目の前にあるのは、魔力が渦巻くまばゆい光の入口だ。
「……行きましょうか、殿下」
「ああ」
固く繋いだ手から互いの体温を感じながら、レティシアとアルフレッドは世界樹の中へと勢いよく飛び込んだ。
「っ……!」
「ぐぅ……!」
光の中へと吸い込まれた二人は、魔力の奔流に翻弄されながら、世界樹の奥へと落ちていく。体だけではなく思考も濁流のただ中にあるかのように揉みくちゃにされて、繋がれた手を強く意識していなければ自分を保つのも難しい。
――その時、レティシアの目の前に突然、不思議な光景が現れた。
それは、一人の女性が世界樹の前に跪いている姿だった。彼女は祈るために組んだ指に魔法石のペンダントを絡めており、それに魔力を注いでいるようだ。
『世界との契約を――のために――』
途切れ途切れに聞こえてくる声と、熱心に祈りを捧げているその姿に、レティシアはおぼろげながらも見覚えがあった。
「――まさか、お母様?」
ぽつりとつぶやき、レティシアは彼女に近づこうと手を伸ばす。しかし逆側の手を強く引っ張られ、レティシアの体は女性から強引に遠ざけられた。
それに抗議する暇もなく、次の瞬間、二人の体は世界樹内部の図書館へと放り出される。
「きゃっ」
「うぐっ……」
レティシアの腕を引き寄せたままの勢いで、アルフレッドは自分の体をクッションにして彼女を受け止める。そのまま地面に落ちた痛みでしばらくうめいた後、アルフレッドは彼女の下から這い出て、レティシアを叱りつけた。
「な、何をやってるんだ! 得体の知れない空間を落ちている最中に、ふらふら別の場所に行こうとするなんて自殺行為だぞ!」
「ごめんなさい……不思議なものが見えたのでつい……」
「不思議なもの?」
どこかぼんやりとした顔で答えるレティシアに尋ね返すも、彼女は困ったように首をひねった。
「ええと、何だったかしら」
「はあ?」
怪訝な顔をするアルフレッドに、レティシアは申し訳なさそうに肩を落とす。
「ごめんなさい、夢の中の出来事みたいにうまく思い出せなくて……」
しょんぼりと縮こまるレティシアをそれ以上追及できず、アルフレッドは改めて周囲を見回した。
「まあいい。今は目の前の問題をなんとかしよう。まずは前回同様に祈りの声が聞こえてくる本棚を見つけないとな」




