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第12話 後悔できるのなら

 ほとんど敵意そのものの視線で睨み付けながら、アルフレッドは問いかける。アーシェはそれを正面から静かに受け止めた後、ふっと寂しそうに微笑んだように見えた。


「まさか。私はあの結末を受け入れていますよ」


「っ……」


 諦めの色を孕んだその眼差しに、アルフレッドは己の過ちに気づく。


 馬の姿という感情が読み取りづらい見た目をしているアーシェだったが、今の答えが本心からのものであることはアルフレッドにはありありと理解できてしまった。


 そして、自分の発言がアーシェの心の柔らかな部分を踏み荒らしてしまったのだと察し、アルフレッドはそれ以上何も言えなくなってしまう。


 レティシアもまた、今のアルフレッドの発言が不用意なものだったと気づき、彼ら二人の顔をおろおろと見比べる。


 痛いほどの沈黙を破ったのは、ゆっくりと前足に力を込めて立ち上がったアーシェだった。


「ひとまず伝えたいことは伝えましたので、私はこれで失礼しますね。それではお二人とも、良い夜を」


 穏やかにそう言うと、アーシェは蹄の音を鳴らしながら森の奥へと去っていった。


 そのどこか寂しげな後ろ姿が見えなくなるまで、レティシアとアルフレッドは彼を見送った。そして、彼の姿が夜の闇にすっかり消えたのを確認すると、二人はそれまで張り詰めていた息を大きく吐き出した。


「はぁ、ひとまずは助かったか……。あいつにはちょっと、悪いことをした気もするが」


「殿下……」


 アルフレッドの気難しく幼い顔立ちに後悔が滲み、レティシアはどうやって話しかければいいか分からずに口を開いては閉じる。


 周囲に甘やかされて育ってきたレティシアには、こんな時どんな風に相手を慰めればいいのかという経験が足りなかった。植物の研究ばかりに没頭せず、友人関係を築いたり、せめて物語で定石を学んでおけばよかったとも思うが、今後悔しても何も変わらない。


 レティシアは深く息を吐いて気を取り直すと、できるだけ明るい声を作ってアルフレッドに話しかけた。


「でも、大変なことになりましたね、世界樹の妖精王に選ばれるだなんて。ふふ、物語の登場人物にでもなった気分ですわ」


 それは、アルフレッドを元気づけようとするレティシアの空元気だった。アルフレッドはその意図を知ってか知らずか、呆れた様子で彼女に返事をする。


「何を能天気な……。俺はまだ受け入れたわけじゃないぞ。世界を救うだなんて大それたこと、俺には出来る気がしないからな」


「ふふ、それでも殿下がいなければ、今回の異変を解決することはできませんでしたよ」


「む……」


 お世辞ではないと分かるまっすぐな言葉で、レティシアはアルフレッドの行動をねぎらう。アルフレッドは照れているのを隠すかのように目を背けた。


 レティシアはそれを微笑ましく眺めた後、ふと頭上を見上げた。たき火以外に明かりのない夜空には、銀色の月が中天まで昇っている。


「……ひとまず、今日はもう遅いですし、今夜は工房で休みましょうか。ベッドは一つなので殿下がお使いください。わたくしは他に即席で寝られる場所を用意して眠りますから」


「は? 婦女子を床で眠らせて、俺はベッドに寝ろと? そんな情けない真似を俺がするわけないだろう!」


 バッとこちらに振り向いて、アルフレッドは慌てて反論する。レティシアは口元に手を当てて困り果てた。


「まあ、でしたらわたくしと殿下が同じベッドで眠ることになりますが……」


「は、はあ!?」


 声をひっくり返してアルフレッドは焦り出す。顔は羞恥で真っ赤に染まり、勢いのまま彼はレティシアに捲し立てた。


「そんなことするわけないだろう! いいか、床で寝るのは俺のほうだ! お前はベッドでゆっくり眠ればいい! 分かったな!?」


 乱暴な口調で優しいことを言いながらアルフレッドは工房へと向かい、ドアを引き開ける。すると、工房の中では小さな妖精たちが慌ただしく飛び回っていた。


『妖精王様のベッドが足りない』


『だったら作ろう僕たちで!』


『とびっきりの布を織って』


『ふわふわの綿を詰めよう!』


『急げ急げ、王様が帰ってきちゃうぞ!』


 彼らは魔法を駆使して、大急ぎでベッドを作り上げていた。勝手に荷物が動かされて部屋の片隅に作られたスペースに、元々あったものよりも上等なベッドがみるみるうちに完成していく。


「あらまあ」


「なんなんだ……?」


 困惑と驚きの声を思わず上げると、二人の存在に気づいた妖精たちはきゃらきゃらと笑いながら嵐のように去っていった。


『きゃーっ!』


『見つかった見つかった!』


『あははは!』


 激しい突風が一瞬だけ吹き荒れ、反射的に目を閉じた二人が再び瞼を持ち上げると、そこには立派なベッドが完成していた。


「すごい……。こんなに素敵なベッドを作ってくれるだなんて、妖精たちに感謝しないといけませんね、殿下」


「妖精たちの無償の親切ほど怖いものはないんだが……背に腹は代えられない。今は親切を受け取っておくか」


 アルフレッドは妖精のベッドに恐る恐る触れると、不審な部分がないことを確認してからシーツの上にぐったりと寝転んだ。レティシアも元々あったベッドに腰かけた途端、今まで麻痺していた疲労が一気に押し寄せてきて、アルフレッド同様、倒れるようにベッドに横になる。


「今日は色々なことがありましたね。殿下がわたくしを追いかけてきて、世界樹の中に吸い込まれて、大昔の方を助けて、それにアーシェさんに妖精王について教わって……」


 一つ一つを辿るように挙げながら、レティシアの意識は徐々に眠りの縁へと落ちていく。そんなレティシアに背を向けたまま、寝転んだ姿勢のアルフレッドは彼女に問いかけた。


「レティシア」


「何でしょう?」


「……軽蔑するか? 不要な詮索で、あのユニコーンを傷つけた俺のことを」


 消え入りそうな声で問われた言葉に、レティシアは小さく苦笑した。


「そこで罪悪感を覚えられるのなら、殿下は大丈夫です。わたくしは、あの時の殿下の反応が間違っていたとは思いませんわ」


「……あっそ。まあどうでもいいけどさ」


 レティシアの答えを聞いてから一分も経たないうちに、アルフレッドは静かに寝息を立て始めた。レティシアはそれを目を細めて見た後、自分も目を閉じて囁いた。


「おやすみなさい、殿下」

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