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第11話 彼の真意

 そう提案したアーシェを、アルフレッドは身構えたまま睨み付けていた。


 沈黙が流れること十数秒。らちがあかないと判断したレティシアは、自分を庇って立つアルフレッドにそっと提案した。


「殿下、まずは事情を知らなければ対策も打てませんわ。教えてくださるというのであれば、一旦話を聞いてみるのがよろしいのでは?」


「それはそうだが……」


 アルフレッドはそれでもまだ警戒を緩めるのを渋っていたが、じっと見つめてくるレティシアの説得の眼差しにとうとう折れて、足下に積んであった薪のための枝を拾って地面に線を引いた。


「……分かった。ただし、この線からこちらには近づくな。妙な真似をしたら即刻反撃してやるからな!」


「それで構いませんよ。じゃあ、お邪魔しますねっと」


 アーシェのしなやかな四本足が折りたたまれ、立派な体躯の馬体がたき火のそばに丸くなる。座った状態ですら十代の子どもほどの背丈がある馬の迫力に圧倒されながら、アルフレッドはたき火を挟んだ位置にレティシアを誘導し、自分はその横に腰かけた。


「……レティシア、いつでも逃げられるように警戒は続けるんだぞ。この位置ならいきなり襲われても、たき火で奴が怯むだろうからな」


「まあ殿下、そこまで警戒する必要はないのではないかしら。この方は話の通じない獣ではないのですよ?」


 失礼に当たりかねないほど行き過ぎた警戒心をレティシアは咎めたが、意外にもそれを否定したのはアーシェ本人だった。


「いや、そっちの殿下とやらが正しいですね。人間と妖精は、理そのものが違う存在。表面上は言葉が通じていても、話が通じるとは限らないのですから」


 意地悪そうに眼を細めてアーシェは忠告する。しかしそこに含まれている意地悪な脅かしの色に、レティシアは一切気づかず素直に頭を下げた。


「そうなのですか? ご丁寧に教えてくださりありがとうございます。アーシェさんは優しい妖精さんなのですね」


 ほわほわと微笑みながらの言葉に、アーシェは人の顔ではないというのにそれでも分かるほど顔を思い切りしかめた。


「……やりにくいな、この子。殿下もそう思いません?」


「気安く話しかけるな。用件だけ言え」


「はぁ、嫌われたものですねぇ。私、ちょっと傷つきましたよ。ヒヒン」


 やれやれと大げさにため息を吐き、アーシェは嘆く。しかしアルフレッドからの険しい視線が緩むことはなく、仕方なさそうに話し始めた。


「いいでしょう。妖精王についてお教えしますよ。そのためには世界樹とは何なのかをまず説明する必要がありますが」


 アーシェは居住まいを正すと、たき火を挟んで腰かける二人に語り始めた。


「そもそも世界樹とは、過去現在未来全てに接続する世界の土台のようなものなのです。世界樹の中には創世以来全ての歴史が情報として蓄えられており、資格を持つ者はそれを閲覧したり干渉することができる。……どうやら既に一度、歴史に干渉しているようですし、その辺りは実感があるのではないですか?」


 彼に問いかけられ、レティシアは困ったように眉を下げる。


「ええそうね、途方もない規模の話で実感は湧かないけれど」


 その隣でアルフレッドは、アーシェを睨み付けながら、敵対心を隠さない口調で彼を問い詰める。


「それで? その資格を持つ者というのが妖精王ということか? なんで俺たちが妖精王と呼ばれるんだ?」


「アーシェさん、わたくしたちはただの人間なの。何かの間違いじゃないかしら?」


 対照的に柔らかな声色で問いかけてきたレティシアに、アーシェは物わかりの悪い子どもを相手にするように仕方なさそうな息を吐く。


「先ほども申し上げたでしょう? 人と妖精は異なる理で生きるもの。妖精とは世界樹の影響で生み出されたものであり、妖精にとっての理とは世界樹を意味するのです。そんな世界樹の主である方を妖精王と呼ぶのは自然な流れです」


 流れるように述べられる説明に、どう返したらいいのか咄嗟に分からずレティシアとアルフレッドは顔を見合わせる。


 妖精という存在は、現代でもまだまだ未解明の部分が多い神秘的なものだ。だから世界樹と妖精の関係性をこうやって説明されても、それが正しいと証明することはできない。


 だが、目の前のアーシェ以外に妖精についての情報源がない今は、たとえどれだけ胡散臭いと感じたとしても、彼の言葉をそのまま信じるしかない。


 そんな思考を笑い飛ばすように、アーシェは軽い口調で言う。


「もっとも、妖精王を意味する呼び名は世界各地で多岐にわたりますがね。人間が好き勝手に呼んでいるだけなので。ヒヒン」


 言葉の端々に感じる人間を見下す感情に、アルフレッドは自然とレティシアを庇えるように彼女に体を寄せる。アーシェは面白そうに眼を細めた。


「おやおや、お熱いですね。人前でそんなに距離を詰めようとするなんて愛を感じます! 私、愛ってやつが好きなんですよねぇ」


「はあ!? う、うるさい! さっさと話を続けろ!」


「ははは、そんなに照れなくてもいいじゃないですか殿下」


 慌ててレティシアから距離を取ったアルフレッドを、アーシェはにやにやと眺める。一方レティシアは、アーシェに指摘されてからようやくアルフレッドの気遣いに気がついた。


「ありがとうございます、殿下。でも、ご自分のことも大切にしてください。わたくし、森林にフィールドワークに行く機会も多いですから、これでも逞しいんですよ?」


「そういう問題じゃ……もういいっ!」


 拗ねた表情で顔をそらすアルフレッドに、レティシアはほわほわと笑いかける。アーシェは目の前で繰り広げられる甘酸っぱいやりとりをにやにやと眺めた後、自分でぶった切った話を平然と続けた。


「話を戻しましょう。なぜ人であるあなた方が妖精王となったかですが……そちらのお嬢さんが世界樹を起動したからですよ。そして偶然居合わせた殿下と一緒に世界樹の中へと導かれて、世界の危機を救った。それだけの話です」


 平然と告げられた内容に、アルフレッドは思わず食ってかかる。


「全く説明になっていない! 確かにレティシアは俺が駆けつけた時、世界樹に魔力を吸い取られていたが、そんなことで世界樹は起動するものなのか? そもそもどうして彼女はあの時、魔力を吸い取られていたんだ!?」


「知りませんよそんなこと。私が分かるのは今この時、あなた方二人は世界樹への接続を許された妖精王であり、世界樹の中に起きている異常を正していく使命があるということだけです。でなければ、世界が崩壊するかもしれませんしね? ヒヒン」


 他人事のように世界の危機を語るアーシェに、レティシアとアルフレッドは困り果てて視線を交わす。アーシェはそんな二人の反応など気にせず、一方的に話を終わらせた。


「以上が、私が知る世界樹と妖精王についての情報です。納得していただけましたか?」


 アーシェに問いかけられ、先に反応したのはアルフレッドだった。


「納得はしていないが理解はした。だが、その上でお前に聞いておきたいことがある。お前は、何のために妖精王をこの地にとどめようとしたんだ?」


 アルフレッドの問いかけに、アーシェはまるで麗しい銅像のような面構えで歌うように答える。


「もちろんそれは、妖精としての義務ですからですよ、妖精王様」


「御託は良い。本音はそうじゃないだろう」


 スパッとアーシェの言葉をぶった切り、アルフレッドは追及を続ける。


「他の妖精たちは世界が終わると忠告こそしてくれたが、魔力で圧をかけ、魔眼まで使って屈服させようとはしてこなかった。ここまで妖精王になるよう強制してきたのはお前だけだ」


 強い警戒を込めて言葉を紡ぐアルフレッドに、レティシアは隣でそれを見ていることしかできない。


 確かに強引な手段を取ってきた妖精はアーシェだけだ。それ以外の妖精は、忠告だけするとさっさと去っていってしまった。でもそれがどうしてこんなにアルフレッドを警戒させているのか。


 隣のレティシアから疑問の視線を向けられていることを感じながら、アルフレッドはさらにアーシェを問い詰める。


「物語の中でも妖精という存在は義務や仕事などというものを理解しない存在として描かれている。人の理と妖精の理は違うもの。お前は半分人間の血が混じっているとはいえ、そもそも妖精に義務なんて概念は存在しないんじゃないのか?」


「……何が言いたいのです? 私には全く心当たりはありませんが」


 白々しい様子でそう言うアーシェに、アルフレッドはとどめの一言を突きつけた。


「これでもしらばっくれるならはっきり言ってやる。お前は自分の過去を変えたいから、過去に干渉できる妖精王をすすんで擁立しようとしているんじゃないのか。……かつて、伴侶を取り逃がした過去を書き換えるために」

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