第10話 ユニコーンの襲来
「確かに良い語り口でしたね。内容はいただけませんが。ヒヒン」
「えっ」
「なっ……!?」
慌てて二人が振り向くと、そこにいたのは白銀の毛並みを持つ一頭のユニコーンだった。その瑠璃色の瞳に見つめられ、アルフレッドは咄嗟に立ち上がってレティシアを背中に庇う。
「何やってるんだ! 立て、レティシア!」
「でも殿下……」
「さっきの話を聞いてなかったのか!? こいつには人間の道理は通用しないんだ!」
ユニコーンを睨み付けたまま、アルフレッドは無理矢理にレティシアを立ち上がらせる。そして彼女を庇ったままじりじりと後ずさり、ユニコーンには聞こえないように小声でレティシアに囁いた。
「……俺が隙を作るから、その間に工房の中に走って逃げ込め。いいな!」
「ですがそれでは殿下が……!」
アルフレッドの作戦に乗るのを、レティシアは渋ってなかなか工房に向かおうとしない。そんなやりとりをしていると、ユニコーンは不可思議な光を放っていた瑠璃色の瞳からふっと魔力を消し、妙に丁寧な口調で告げた。
「そんなに警戒しないでください。新しい妖精王に挨拶をしに来ただけですから」
「妖精王……?」
一切警戒を緩めないまま、アルフレッドは問い返す。するとユニコーンは、アルフレッドたちに歩み寄らないまま恭しく頭を垂れた。
「はじめまして、妖精王様。私はアーシェ。伝説に語られる半人半妖であり、この森に永く住み続ける孤独なユニコーンです。どうぞよろしくお願いします。ヒヒン」
妙な語尾のように馬の嘶きを付け加え、アーシェというユニコーンは丁寧な挨拶を二人にする。アルフレッドは身構えた姿勢で、アーシェに返事をした。
「何を勘違いしているかは知らないが、俺たちは妖精王なんかじゃない。この森からも明日には出ていくつもりだから放っておいてくれ」
「おや出ていく? それは不可能ですよ。あなた方は妖精王なのですから。お役目は果たしてもらわなければ、世界がおかしくなってしまいます。もし逃げだそうとするのなら――」
アーシェは身のうちに秘めた魔力をぶわりと放出し、一度は光の消えた瑠璃色の瞳が再び幻惑的な色で揺らめき始める。
「っ、あれは、魔眼かっ……!?」
「殿下っ……!」
そう気づいた時には既に遅く、アルフレッドとレティシアはすでにアーシェの術中にあった。全身が硬直し、地面に縫い付けられたかのように足も動かず、彼の目から目をそらすこともできない。
そのまま意識ごと焼き尽くされてしまいそうに感じたその時――不意にアーシェへと小さな影が殺到した。
「い、いたっ、痛いっ、何するんですかぁっ!」
影の正体である手のひらサイズの妖精たちは、アーシェのたてがみを引っ張り、棘のある蔓で突き刺し、小さな体躯で彼を袋だたきにしている。やがてアーシェは身に纏っていた魔力を霧散させ、悲鳴じみた声で情けなく叫んだ。
「わ、分かりましたっ、分かりましたよぉっ! もう脅かしたりしませんから許してくださいぃっ!」
必死の命乞いが通じたのか、小さな妖精たちはアーシェから離れていった。何体かは離れるついでに彼を足蹴にしていったので、アーシェにとって小さな妖精たちは逆らえない存在なのだろう。
呆然とそれを眺めることしかできなかったレティシアとアルフレッドの前へと、すっかりボロボロになったアーシェは歩み寄ってくる。
「脅かすようなことをしてすみません。まずは座って話しましょう。妖精王について私の知っていることは、可能な限りお伝えしますから。ヒヒン」




