第5話:少年錬金術師、銀髪お姉さんと出会う
銀髪は肩くらいまでの長さだけど、前髪の左側だけ伸ばしたアシンメトリーな髪型で、瞳はルビーみたいに真っ赤で美しい。
清廉潔白で気品漂う印象だった。
年齢は20歳手前くらいかな。
まるで、ゲームやアニメキャラみたいな銀髪赤目の美人さんだ。
そこだけ別空間のよう…………なんだけど、なんだか不思議な服装をしている。
蛍光色な明るいブルーで彩られた黒のワンピースに黒のタイツ。
服のところどころがピクセル迷彩みたいになっている。
……いや、ただの模様かと思ったら、なんと不規則に光っていた!
両耳には服と同じ配色のヘッドフォンみたいなアイテムをつけ、左胸には四角い板が備えつけられている。
インターネットで"サイバーパンク"、と検索すると出てきそうな格好だ。
中世ヨーロッパ風の異世界とは、まったく正反対の様相だった。
険しい峡谷をずっと歩いてきたからか、女の人は息を荒くしながらも丁寧な態度で僕に尋ねる。
「ここは……"スターフォール・キャニオン"で……間違いないですよね?」
「え、ええ、そうですよ。疲れてらっしゃるようですが、お水でも……」
そう答えた瞬間、女の人は空高く右拳を突き上げた。
な、なんだろう、と思う間もなく、激しい雄叫びを上げる。
「勝った! ……勝ったあああ!」
「『うわぁっ!』」
「はい、勝ち! 私の勝ち! 誰が何を言おうと私の勝ちいいいい! 勝ち勝ち勝ちいいいい!」
驚く僕とランドをよそに、女の人はしきりに勝ちと叫びまくる。
とてもドスの利いた重い声。
先ほどの落ち着いた印象は消え去り、戦いに勝ったプロレスラーやボクサーを思わせる迫力だ。
ランドは僕の肩に登って、ブルブルと震えている。
僕もまた、初めて会った異世界人に緊張しきりだ。
も、もしかして、この世界の人はみんなこうなのかな……。
……いや、そんなはずはない……よね?
などと考えていたら、女の人はハッとして乱れた髪を整えた。
「申し訳ありませんっ、私としたことがっ。時間を無駄にしてしまいましたねっ。……こほん、私はアルカディア帝国の第二王女、ジゼル・アルカディアと申します」
「『お、王女様~!?』」
自己紹介を聞いて、僕とランドはまたもや激しく驚く。
気品があるなとは思ったけど、まさか王女様だとは思わなかったよ。
……ちょっと待って。
要するに、王族ってことじゃん!
この国の偉い人!
僕は急いで姿勢を正して挨拶する。
「も、申し遅れましたっ。僕はツバサと言いますっ。よろしくお願いしますっ」
『ボ、ボクはランドと言うレムッ。よろレムッ』
「ご挨拶ありがとうございます。お二人とも、どうか身体を楽にしてください」
楽に、と言われ少しばかり緊張が和らいだ。
ホッとする僕たちに、ジゼル様はなおも丁寧な態度で話を続ける。
「普段は、私は王宮で暮らしていたのですが、ちょっとわけがあってここまで来ましてね……げほっ、ごほっ。失礼、ずっと歩き通しで喉が渇いてしまい……」
「あの、立ち話も何ですので、お家に入りませんか?」
『歓迎するレムよ』
「よろしいのですか? それでは、お言葉に甘えまして……」
ジゼル様を〘試作型:ツバサのお家〙にご案内する。
今朝、タンクを満杯にしておいてよかったね。
火種コンロ(火は火種で点ける仕組みであり、そう呼んでいる)を着火して、ヤカンを置く。
「今お湯を湧かしますので、少々お待ちください」
「いえ、お水で構いません。ツバサさんたちの時間を無駄にしてはいけませんから」
「そ、そうですか? でしたら、お水を……」
火を止めて、棚から木のボトルを取り出す。
煮沸した小川の水を保存してある容器だ。
コップに注ぎ、ジゼル様にお渡しする。
「どうぞ、お水でございます」
『大峡谷一のお水レムよ』
「ありがとうございます、いただきます……っはぁ~、生き返りました」
ゴクゴクと飲むと、満足げな笑顔で言ってくれた。
昼間の大峡谷は日差しが強いので、結構喉が渇いていたのだろう。
「喜んでいただけてよかったです、ジゼル様」
「とってもおいしいお水でした。……それと、ツバサさん。様付けではなくジゼルさん……と呼んでいただけますか? 堅苦しいのは苦手なのです」
「え……い、いや、しかし……」
「お願いします」
王女様を普通に呼ぶなんて恐れ多いけど、どうしても、ということなので了承させてもらう。
「それでは、ジゼル……さん、とお呼びさせていただきます」
『ボクはジゼルと呼ぶレム』
「ありがとうございます、お二人とも。どうぞよろしくお願いします」
互いに微笑みを交わしたところで、ジゼルさんが真剣な表情に変わった。
「さて、私がこちらに来た理由をお話ししないといけませんね。でも、どこから話したら……。まず、私は双子の姉である現女王に、宮殿からの追放を命じられてしまったのです」
「『え……追放!?』」
次から次へと驚きの話をされる。
追放なんて、いったい何があったんだろう。
驚く僕たちに対し、ジゼルさんは淡々と言葉を続ける。
「姉が宮殿にあるマザー・コンピューターの大事なデータを誤消去してしまったのですが、私の管理のせいだと逆恨みしましてね。大喧嘩の末、追放宣言を下されました。まぁ、最近は姉妹関係も悪かったですし、ずっとパワハラされていたので、追放はちょうどよかったかもしれません」
「そ、そんな……」
『理不尽で悲しい話レム……』
ジゼルさんのお話に、僕もランドもしょんぼりとする。
そんな理不尽な事情があったなんて。
……あれ?
「マザー・コンピューターやデータなどと仰っていましたが、この国にもデジタル的な技術があるんですか?」
「ええ、そうですよ。ご存じの通り、"魔波"の開発によるデジタル魔導技術の発展が、ここアルカディア帝国の基盤ですから」
「そうだったんですか……。すみません、"魔波"とは何でしょうか?」
ボクが尋ねると、ジゼルさんは?という表情になった。
……ん?
「"魔波"とは10年ほど前に見つかった、魔力を利用した通信技術のことです。……ご存じありませんか?」
「あ、いやっ、ずっとここで暮らしているので帝国の事情に疎くて……!」
すごく有名な単語だったらしく、慌てて誤魔化した。
僕が転生者だとこの世界の人にバレるのは良くない気がする。
必死のごまかしだったものの納得してくれたようで、ジゼルさんは"魔波"について説明してくれた。
「"魔波"が見つかった後、帝国のあらゆる技術は加速度的に発展しました。特に、通信分野は10年前と比べ物になりません。朝でも昼でも夜でも、すぐに誰かとコンタクトが取れます。ゴーレムや魔導具の技術も向上し、国内ではほとんどの雑務が自動化しました」
「全部自動化……ですか」
『便利な世の中レム』
前世でも配膳ロボットや自動運転車は普及し始めていたけど、まだまだ黎明期だった。
たった10年でそこまで発展するなんて、異世界はすごい。
「今ではこの魔導具、〘魔波プレート〙が帝国人の生活の中心にあります」
そう言って、ジゼルさんは左胸の板を取り外して僕たちに見せる。
時刻の他に、色んなアプリみたいなアイコンが表示されていた。
スマホそっくりだ。
「こんな魔導具があるんですね。初めて見ました」
「ワンタッチで通信できたり、魔導文書を送受信することができます。まぁ、その弊害と言ったら良くないかもしれませんが、24時間誰かと繋がれてしまうようになったんです。結果、常に姉から仕事の連絡が来るようになってしまい……少々疲れていました」
ジゼルさんの顔に、暗い影が差す。
その表情や声音などから、とても辛い生活を送ってきたのだとよくわかった。
辛さがわかり、僕も悲しい気持ちで話す。
「寝ているときとか仕事終わりの時間なんかは、何も気にせず休みたいですよね」
『一日中気が張っていると休まらないレム』
「そうなんです。お二人ともわかってくださりありがとうございます。特に、姉は相手の都合など考えないところがあって、それはもう…………深夜に! 連絡! して! くるなああああ!」
突然、ジゼルさんはドスの利いた声で怒号を上げ、〘魔波プレート〙を振り回す。
え、ええ――。
お家が揺れて怖いよ~。
小さく震えるランドを抱き締めていたら、数分ほどで雄叫びは終息した。
室内に静寂が戻ると、ジゼルさんはハッとして咳払いする。
「……こほんっ、失礼。どうせなら、"魔波"の届かない場所に行こうと思い、"スターフォール・キャニオン"を目指したんです。歩いていたら、白い煙とランドさんの声を聞き、ツバサさんのお家に辿り着いた……という次第です」
「そうだったのですか……。でも、お会いできて嬉しいです」
『ボクもジゼルと会えて良かったレム』
ランドと一緒に会えて嬉しい、と伝えると、ジゼルさんは微笑んでくれた。
コップの水をこくりと飲み、丁寧に机に置く。
「今のところ、宮殿に戻るつもりはありません。ついでに、退職届も出してきましたから。これで姉も少しは反省してくれたら……あっ。すみません、話し込んでしまいましたね。……ああ、二十分も話してしまった。お二人の時間を無駄にして申し訳ありません」
先ほどから、ジゼルさんは頻繁に"時間を無駄にしてすみません"という旨を伝えてくる。
別にそんなことないのに……。
何かに追われているようなジゼルさんを見ていたら、ふと思うことがあった。
まるで……前世の僕みたいだ。
彼女の話を聞いていて、どうにかしたいと……誰にも邪魔されずにゆっくり休んでほしいと思った。
「ジゼルさん、もしよかったら……僕たちと一緒にアナログ生活を送りませんか?」
「……アナログ生活、ですか?」
「ええ、簡単に言いますと、手間暇かかるけど時間を気にしないのんびりした生活……ということです。さっそくですが、釣りとかいかがでしょうか」
そう伝えると、ジゼルさんの赤い瞳は光り輝いた。
「手間暇かかるのんびり生活!? ぜひ、体験したいです!」
とのことなので、一緒に外に出る。
ストックの素材が減ってきたし、ジゼルさんの釣り竿を作るためにまずは素材を採取しよう。
お忙しい中読んでいただきありがとうございます
少しでも
・面白い!
・楽しい!
・早く続きが読みたい!
と思っていただけたら、ぜひ評価とブックマークをお願いします!
評価は広告下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にタップしていただけると本当に嬉しいです!
ブックマークもポチッと押すだけで超簡単にできます。
何卒応援よろしくお願いします!